#093:高揚で候(あるいは、刈りそめの/ゲッタートーズAFDB)


「くっくっ、予想通り、いやそれ以上の凄まじさだぜ、大将。こいつはいける、貫けるぜぇ」


 そんな言葉。称賛で……あろうか。私としては、ごく淡々と、起こりえた事実を述べたに過ぎなかったのだが。


 しかし我が日本ジャポネス語が役に立つというのなら、光栄である。サクラ=コ殿下の祖国であるということは、初めて謁見した際に伺っていた。卑しい身分の出の私にも、分け隔てなく接していただけた……あの頃のことを思い出す。


 だから私はこの言語を学んだのである。しかし充分な資料も、辞書すら無かったため、もっぱらインターネットにて独学で一語一語を拾うようにして習得していった。少しでもサクラ=コ様に、近づきたかったのである。


 美しき言語である。なんともリズミカルなその言葉を放つごとに、私は喉を震わせるその響きに少しばかりの陶酔を感じてしまうほどだ。もはや学んだ時間は数百になるであろうか。今では、かなりネイティブに近いニュアンスにて喋れている、その自負はある。


 と、私が誇らしげに、自然と形作られた爽やかなる微笑を湛えつつ、ギナオア殿と向き合っていると。


「……!!」


 突如、右太腿の外側の痛点を、鋭き一撃が薙ぎ払うかのように着弾してくる。思わず、はむなぷとらっ、のような呻き声が漏れてしまうが。


「……わらわを蔑ろにして話を進めること、以後まかりならん」


 背後から響いたその御声は、不気味なほどに凪いでいる。姫様はひと蹴りごとに体術の御才能を開花させているのか? ここ数日で見違えるほどに重さ/鋭さを増しているように思われるが。「格闘」も先ほど、要素としてある可能性が示唆されたが、姫様……そちらの方でご活躍なされるやも知れぬ。


「いやもう決まりだろ。姫様と大将、この二人が相棒バディとして出場する。こっちが本命ではあるが、俺とマルオ、こっちも出ることにするぜ。出場することで、何かしらサポートが出来るかも知れねえ」


 三つ編みねえちゃんは、後方支援だ、差し入れとか、場合によっちゃあ手当てとか、いろいろあるかも知れねえからな、とギナオア殿が続けると、モクは、はいっといい返事をしているが。


 ……私と姫様。二人組にて、その何たるかなるものへ挑むと、そういうわけであろうか……


 思わず振り向き、姫様の御尊顔を拝してしまう。氷の如き瞳のその奥に、一瞬潤むが如くの揺らぎを認めてしまうのだが。


「ジョシュア=ジローネット」


 すぐに御顔を揺るぎない表情に変えられると、重々しくも曇りのない、凛と響く声にて、私の名をお呼びになられる。


「ここに」


 頭よりも早く、身体が反応した。私はすぐさま片膝を突き、右拳を地面につける。


「そなたの母上への献身、わらわはよく知っておる。ならば今度はわらわに力を貸してくれまいか。わらわの、おばば様の為に」


 これ以上は無い御言葉であった。私はこみ上がり湧き上げてくるものを必死に押し留めながらも、言葉を、絞り出す。


「御意に」


 肚は決めた。王家の為に、私は戦うのだ。


「姫様よぉ、さっき『ダメ』がどうとか聞いてたな。そうさ、自分の至らない部分を吐露してそいつを共有して昇華させるんだ、精神を強く保たなけりゃあ、自分の根っこまで刈り取られちまうほどの荒行よぉ。だがその先に必ずあるはず、姫様、あんたの、自分でもまだ認識できてないだろうが、それでも確かに魂が求めているものがよぉ」


 ギナオア殿の言葉は相変わらず風の如しに、居合わせる我々の頭上を吹き抜けていくようだ。


「ダメ、ダメ、ダメ。全てはそれに集約される。端的に述べよと言われりゃあ、おのずとそんな風になるぜ、すなわちだ」


 そして、こちらに向けて、無事なる左手の人差し指を指してくる。


「ダメ人間の、ダメ人間による、ダメ人間のための、魂の浄化の祭典。それこそが、『ダメ人間コンテスト』」


 高らかに続けるギナオア殿の言葉に、私も一抹の高揚感を煽られるものの、一方の姫様はまた何か気に障ったのであろうか、無言で迅雷の蹴りを飛ばすのであったが。


「!!」


 その御爪先にまたしても指を刈り取られたギナオア殿の、オバヒィィィなる謎の叫びが、壁に床に吸い込まれていく。


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