#040:渾身で候(あるいは、棒という名の/エキセントリック暴威)


「おやおや? 姫様自らとは。荒事に及ばなくては、なんて、そんな危惧もしていたのですが、いやぁ、よかったよかった。これからはスマートに、ウィン=ウィンで行かないとですものねぇ、この時代錯誤の国においても」


 ギナオア殿に「シンクダン」と呼ばれたその線の細い青年は、そのような芝居台詞のような言葉を慇懃無礼と軽薄さが混じったような口調で紡ぐと、こともあろうか、あいだ3mほどで対峙する姫様の顔辺りに、銃口をゆるりと向けたのであった。


 ひめさまっ……との悲痛な声が響いたと思った瞬間、姫様の許へ飛び出そうとしたモクは、その首根っこを背後に回っていた屈強男のひとりに掴み上げられ、引き戻されてしまう。その目の前でちらつかされた光沢のあまり無いナイフに、ひっ、と引きつった顔で硬直するのが視界の右端の方で見て取れた。


「手荒な真似はよせ。カネでも私でも、お前らの要望に従おう。この者たちに手を出すでない」


 銃口を真っすぐに見つめながら、姫様は冷静にそうおっしゃられる。何と……その横顔に、王宮でいつもお見せになられる、諦観や悟りにも似たそんな表情を認めてしまい、私の頭の中で、何かが弾ける。


 何をやっているのだ私は。度阿呆ストコドコォムスか。


 姫様、モク……か弱き少女が臆せず状況に果敢に立ち向かっているというのに、大の男が何をしている。何を躊躇している。


 何を躊躇することがある? 


「ッん、KYOOOOOOOOOOOOOooooooooMッッ!!」


 次の瞬間、放たれたのは、私の腹から頭のてっぺんまで突き抜けるほどの甲高い大音声だった。そして放たれる、私の内に眠る「凶獣」が。


「何だぁッ!?」


 驚き方まで芝居が如しでゴザルな、シンクダンよ。耳をつんざくばかりの音に一瞬固まった。そして反射的に拳銃を私の方へと向けた。自然、身体は……脇は開く。狙いはぶれ、照準は甘くなる。


「……!!」


 そしていざ銃口を向けた先に、拙者の姿は無いのでゴザル。またしても一瞬の隙。迂闊に過ぎるは、其の方でゴザルよ。


 拙者の身体は、脇に挟んだ二本の長き竿の如きコムピヒスの枝を突き立てることにより、遥か上空に浮かんでいる。身体全体をぴんと地面と平行に伸ばした、雄々しき剣条鳥マジシカジシが獲物目掛けて飛び掛かる姿のように。


「くっ……!!」


 慌てて銃を上空に向けてくるが、もう遅い。「右枝」をふいと軽く払うだけで、私はシンクダンの手に握られたそれを弾き飛ばす。


「……」


 そしてその勢いを殺さぬよう、左前方に「右枝」をさくりと突き立てた動きのまま、素早く身体を反時計回りに回転させた拙者は、今度は「左枝」を振り抜いて、モクの顔付近に当てられていたナイフをまた弾き飛ばす。


「……『コムラホパス=流棒殺法』」


 遥か高みから、重々しい声でそう告げる。技の最後にその名を告げて結ぶ。それこそが我が流派の礼儀なれば。


 敵味方合わせても、モク以外は真顔になった面々にさきがけて、私はさらなる行動へ移っていく。


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