♮019:唐突ですけど(あるいは、キングofキングス/アウェイ君)


 服飾ファッションデザイナーの、朝は遅い。


 いや、と言うか、昼夜の判別もつかないくらい、最近は働いて学んで、学んで働いての繰り返しの毎日なわけで。時折、意識が飛びかける、いや完全に飛んでいる状態になる頻度が高まってきたように感じるけど、それはまだまだだ。まだまだいける。


 ファッションデザイナーと自称してしまったけれど、正しくはデザイナー見習いみたいな、あやふやな立ち位置にいる。でも要求される仕事はもう何か微に入り細を穿つほどの多岐に渡りまくりなわけで。


 でも今はただ、吸収の時、と位置付けて自分に言い聞かせて、繁忙の坩堝るつぼのような日々を何とかやりこなしている。いや、やり過ごしているだけかも知れないけど。


「ムロっちゃぁぁぁぁん、この型紙カタ、抜いといてもらえるぅぅぅん?」


 渋谷駅から井の頭通りを北上した、東急ハンズの裏手あたりの雑居ビルにそれは在る。


「アタイは午後から『エジエール代官山』で先方とミーティングあるから、それ終わりの15:00ひとごーまるまるくらいまでに仕上げといてねぇん、よろしこー」


 恐ろしく軽薄に聞こえるハスキー声の主は、天衝く巨体に骨ばった手脚が長大であり、肩幅がほぼ直角に張り出しているせいで、何らかの巨人と見まごう。でもこと本業のこととなると空恐ろしいほどの才気を発する傑物なわけで。


 うん十万するといつぞや聞いた真っ赤な革のハンドバッグを肩に担ぐようにしてからげると、透き通る真っ白なおかっぱを揺らしながら、ここの経営者、ジョリーさんは、自作の……ゴスロリと言えなくもないけど、着てる人が人だけにゴスにもロリにも振れていないという、まことに正体不明の恰好で颯爽とこの天井の高い一室を出ていった。


 残された僕は言いつけ通りに、型紙の裁断に入る。

 

 ここは「美の極地」「ファッション最先端砦」(とジョリーさんが自分で言っている)、有限会社『berrirlyant』のオフィス兼、作業場。壁の四方がサンプルの布生地に囲まれた、知る人ぞ知る、おそらく世界有数の(これは僕がそう思っている)、ファッションデザイン会社。


 僕は今、ここで、服飾の専門学校に通いながら、雑用全般を請け負いつつ、自分を磨こうとしている。社員6名のこじんまりとした会社だけど、僕にはこのサイズ感が心地よくすら感じるようになっている。何より、学ぶべきことが日々のやり取りの中でざぶざぶ出てくることが凄い。ここでの一日が、やがて未来に実を結ぶと信じて、僕は今日も懸命にあらゆる要求に真剣に取り組んでいる。


 唯一の難点は、「berrirlyant」と書いて「ブリリアント」と読む、その中学英語もどこぞに置き忘れたかのような社名である。先様に説明する際に、どれだけ苦労したことか。


 いや、そんな詮無い思考は打ち止めだ。集中してコトに当たる。それがこの業界に入るにあたり、自分に課した信条だから。


 僕は改めて背筋を伸ばすと、型紙へとガチの正面から向き合っていく。

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