♭014:自縄かーい(あるいは、ゼロ/ワン=パッセージ)


 全然仕事にならんわー。


 常連客に愛想を振りまくことも忘れて、私は散り散りになりそうな感情を、無理から真顔に押し込んだこともあり、折からの完璧パーフェクトポーカーフェイスにて、カードを裁いていたわけだけど。何かそれが流れを引き込んでしまったようで。


 勝ちは勝ってチップはうず高くなるものの、場はそれに反比例して冷え込んでしまった。あかーん、客を乗せてなんぼの商売でしょーが。慌てて、しょぼい勝ちを拾った客にお世辞まがいに笑顔で称賛してはみるけども、一度陥った冷え込みはなかなか止まらない。


「……」


 次々と卓を離れていく客を前にして、何も出来ずにいる。これじゃあ駆け出しと変わらんわ。常に「場」を視ているアイインザスカイからの映像で、不審に過ぎる動きだ、とかあるいはノーセンスと認識されて交代の憂き目に、いつあわんとも限らない。一旦、彼のことは忘れて卓上に集中することに肚を据える。


 昼休憩後からは何とか盛り返し、7席満席で転がすことが出来ていた(昼休憩時にはもちろん、園に連絡を入れた)。しかして、賽野さいの主任チーフの話とはいったい何ぞやなんだろう……局面に集中しつつも、脳裡をよぎってしまうのはやはりその事なわけで。


 ふつーに考えたら、告白コクりこ、かしらん。


 いや、普通じゃないな、普通じゃない。特に私の今の思考系統が普通じゃあないわ。


 でもねえ。仕事の事だったら、わざわざ「仕事終わり」に話すかってぇ話よ。であればやっぱりプライベーツな何かよ。でもったら、それは何?


 ……告白コクりこでしょーよ。


 大分ぐるぐるサーキットに迷い込んだ脳髄が灼き切れかけていなくもない考えだけど、可能性としては最も高いと見込まれる。いや、もう私が見込んだのだ。


 定時にホールを辞したら、すかさず共同控室でメイクを整える。今日着てきた服は何だっけ、春先ツーシーズン着倒している黄緑のジャケットに、白ブラウス、黒ストレッチパンツ。


 論外。足元は履き心地いいからって同じ型二代目の白いちょい厚底のサンダルだよ……あれ汚れ目立つんだよね……


 ダメだー。だったらこのディーラー服の方が何ぼかマシだー。それであれば何とか体裁はつけられる。仕事押してました、みたいな感じで。


 あれ? そう言えば「場所」の指定は無かったな……あ、でも多分あそこだ。


 主任チーフ以上には個室の控室があてがわれている。まあ控室って言っても、三畳くらいの細長な空間に鏡台があるくらいの質素なとこだけど。そこに行ってみればいいかしら。でもそんな狭い密室に男女が二人なんて……


 そんな良からぬ妄想をぐねぐね捏ね上げるようにして時間が過ぎ去るのを待っていた私は、「交代」の合図が出た瞬間、あくまで焦る素振りは見せずに、しかし最短の無駄のない軌道で、ホールをハケていくのであった……


 この時点での、私は知らない。


 この後に待つ、驚天動地の出来事を。


 運命の車輪ってやつは、忘れたころに動き出す。何かの空気の流れとか、感知できないほどの微細な震動なんかによっても。そして一旦動きが付いたが最後、ごんごん加速をつけて混沌カオスへとヒトを誘うのだ。


 私は知っている。そして、


 まさにそれを実感してしまう羽目になるのであったのだけれど、それはもう少しだけ、先の話だ。


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