#006:漆黒で候(あるいは、相似宮/プレなドライブ)
場には、歯噛みをする臣下の者たちの唸り声のみが耳障りに響いている。「暗殺」……まったくもって現実味の無い言葉であり、私もそのような話を噂程度には耳にしていたが、そんな馬鹿なという思いが先に立ち、まともに考えてなど来なかった。
そろそろ陽も上り、じりつく暑さが室内をも覆い始める頃だというのに、この広間には、じっとりとした不気味な冷たさが満たされているようだ。
しかし。
この痩せ男、ギナオアが言った通り、権力に阿る者はいつの時代も絶えないのだろう。だが……このアロナ=コ様はまだ15ぞ。そのような……そのようなことなど。
跪いた姿勢のまま、私は瘧のように震える自分の身体を抑えきれずにいる。しかしそんな私を諭すかのように、姫様はどこか達観したかのような言葉を、軽やかに紡ぎ出すのであった。
「わらわをこころよく思わぬ者がこの王宮に多々存在していること、その事は重々承知しておる。……もとより王位など望まぬが、兄上や、担ぎ上げている者どもには、それこそ死活のことなのだろう……わからんではないが、わらわはそのような事、わかりとうない」
……これが、15のおなごの言葉か。これが……
「……!!」
もはや怒りなのか哀しみなのか、自分でも判別できぬほどの感情に振り回されどうにかなりそうな私の震える肩を、骨ばった掌でぐいと掴んだのはギナオアだった。思わず振り仰いだその顔は、この者の常なのか、飄々とした笑みがやはり貼り付いているばかりであったが。
私がいきり立ってどうする。冷静になるのだ。ギナオアのその醜くも何にも動じないだろう不遜顔に、そう感じさせられる。すると同じく、動じるということが無きような姫様が、気負いの無い声を発せられるのであった。いや、そこに込められているのは抑えようとして抑えきれていない、哀しみであるような、そんな気がした。
「きっと父上は、わらわを遠ざけたいのであろう……棒きれが如く、みすぼらしき体の、王家の歴史を紐解いても、そのどなたにも似ておらぬ、この忌まわしき子を疎んでおるのだ。そう、わかっておる。わかってはおるのだ……わらわは要らぬ子なのだということは」
違うッ!! と声に出そうとするところを、またしてもギナオアに遮られた。
「……あんたの心情をとやかく斟酌してる暇はねえが、今の状況はよぉ、『急かなくては事を仕損じる』、そんな感じだぜ。どうする姫様? 行くのならば、出立は今日だ、そして決断は今だ」
この男は、この男の芯たる部分は、ぶれない。その言葉通り、斟酌なしでこの状況の最善を尽くそうと誰よりも考えているではないか……
この者となら、あるいは。
姫様は、その美しい稜線を描く鼻からひとつ力の抜けたような御息をつかれると、次の瞬間、はっきりと決意の込められた言葉をお紡ぎになられるのであった。
「よかろう。とやかく考えても詮無い話だ。王宮のしがらみ、そんな些末事よりもそれよりも、私は私に連なるもうひとつのルーツをたどってみたい。母上を産み育ててくださった、遥かなる
相変わらず私の身体の震えが止まることは無かったが、これに起因するは怒りでも哀しみでも無かった。私は詰まりそうになる喉から、声を振り絞る。
「ギナオア殿ッ!! 伏して申し上げる。どうか姫様に同行され、この困難極まりなき道を開かれんことをッ!!」
平伏するより他は無かった。己の内に昂る感情を、体中の全ての筋肉を総動員して、石畳に押し付けている他に、この場で無礼にも叫び出し暴れ出したくなるような衝動を抑える術はないように思われたのだった。
ああーああー、仰々しいんだよ、お前さんは、のような春の風のような軽い言葉で私をいなすと、ギナオア殿はどかりと円卓の周りを巡る椅子のひとつに腰かける。
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