第29話 ……かっこわるぅ
人気のない裏通り。人で溢れかえった表参道と違い、日当たりの悪さばかりが目立つ。
「……すんませんっす」
そんな裏路地の中でも一際寂れた、石造りの建物のふもとにある階段に、祐奈と拓郎は並んで腰かけていた。
「ほんまにぃ~、あかんで?」
裏路地よりも消沈したオーラを放つ拓郎を、祐奈は優しさと寂しさの入り混じった視線でにらみつける。
「……僕って、ホンマくそっすよね」
そう、力なく呟く拓郎を見て、祐奈はムッとする。
「怒るで?」
「いや、ほんますんません、そっすよね……、そんな不貞腐れて済まされるような問題ちゃうっすもんね。……いや、僕がクソなんはしゃぁないとして皆に迷惑かけ続けるんもあれやし、やっぱりこっからは別行動とアイタタタタ!」
言い終わる前に祐奈は眉一つ動かさず拓郎の耳を引っ張る。
「怒るで?」
引っ張られ終わり赤くなった耳をさする拓郎を、祐奈は少し涙ぐんだ瞳で見つめる。
「もう、たっくんはアホやなぁ」
「……そっすね」
俯いたままの拓郎に、祐奈は小さくため息をつくと、
「……なぁ」
「え? あ、……はい」
涙ぐんだ声で少し甘えたように言う祐奈に、少し焦った様子で答える。
「たっくんさ? あたしがなんで怒ってるかわかってないやろ?」
「いや、わかってますって……」
「じゃあ、なに?」
また怒られるとばかりに乾いた声で言う拓郎を、祐奈はジッと見つめる。そのただならぬ様子に拓郎はたじろぎながら答える。
「いや、えーっと、あ、あれでしょ? その、……僕があんまりにもいらん事ばっかするから困ってるというか」
あたふたと弁明を試みる拓郎に、祐奈は『ふぅ』と小さくため息をつくと、
「……そうやけど、ちゃうで?」
「え? どういうことすか」
不思議そうに問い返す拓郎に向かって祐奈は小さく笑いながらため息を一つ、『もう、しゃぁないなぁ』と立ち上がると、拓郎の後ろに回って腰を下ろし、そのまま両腕で抱き寄せる。
「は? え、そ、そそそ、なんすか」
「……あんな? たっくんがいらんことばっかりするんが嫌なんはあってるねんけどな? たっくんあれやろぉ? そのせいであたしが迷惑やから嫌や思てんやろ?」
突然の法要にテンパる拓郎の背中に、祐奈は顔をうずめながら言う。
「いや、それ以外何があるんすか? っていうかなんで抱きつくんすか」
「……安心するやろ?」
「え、あ~、いや、むしろアイタタタ!」
祐奈は無言で拓郎のわきの下を抓る。
「……もう、なんなんすか、痛いなぁ」
「……たっくんが安心せぇへんからやん」
口を尖らせる拓郎に、祐奈は拗ねたように言う。
「あたしはな? 別にたっくんにな? 迷惑とか、……かけられるのは別にええねん。いやダルいけど、でもほらあれやん?」
そこで祐奈は一瞬、言葉を詰まらせる。
「ほら、もうと、……ともだ、……ちやと思ってるし」
しりすぼみに小さくなる祐奈の声を聴いた拓郎は少し驚いたように、
「えぇ? そこで照れるんすか?」
「うるさいなぁ、別にええやんかぁ……」
「まぁ悪くはないっすけど、なんというか……」
「なんというか、何?」
怒ったように言う祐奈に拓郎は口ごもりながら、
「……か、可愛いとこもあるんや痛っ!」
言い終わる前に祐奈は拓郎の頭を思いきりはたく。
「なんなん? 普段は可愛ないみたいに言うやんかぁ!」
「いや、そーいうわけちゃうんすけど、……なんてんすか? ほら、祐奈さんってなんか照れるって感情なさそういうか……」
「シツレーやなぁ! ……もうええし、あとでカズくんとノリくんに、『たっくに後ろから抱きついたったら、なんか知らんけどチ〇チ〇大きしながらやたらトイレ行きたがっててん』、って言うたんねん!」
「……ようそんな悪魔のような嘘思いつきますね」
心底嫌そうに吐き捨てる拓郎に、祐奈は得意げに言う。
「せやろー?」
「いや、いい意味ではないっす」
そこで祐奈は大きく、ゆっくり息をつくと、
「まあええわ、……でー、安心した?」
そこで拓郎は思わずぷっと吹き出す。
「……確かに」
「でー、なんの話やったっけ?」
「え~っと、アレっす、確かなんか、僕が祐奈さんに迷惑かけても別にかまわんやらなんやら」
「そやったそやった! ……あんな? たっくんはな? 自分では気づいてないんやろーけどな? メッチャ優しいこぉやねんで!」
そう力強く言われ、拓郎は笑いながら、しかし陰りのある声で言う。
「……それはないっすよ」
「あるし!」
祐奈は少し怒ったように声を張り上げる。
「……いや、でも」
「あるし!」
なおも駄々っ子のように声を張り上げる祐奈に、拓郎はあきらめたように深く俯くと、
「……ホンマですか?」
低く強がった声で、しかしどこか甘えたように問う。
祐奈は『ふふっ……』と微笑を浮かべてから、
「ホンマホンマ! 絶対やで? あたし人見る目ぇあるねんで! たっくんみたいなアホな子ぉはなぁ、信じとったらええねん!」
今度は心から明るい声で力強く、拓郎の不安なんて最初から存在しなかったかのように言う。
「……なんか、その、あ、ありがと、……ぅっす」
拓郎は耳まで真っ赤にしながら擦れた声で少しだけ嗚咽を混じらせる。
「……んふふー、よう泣いとき?」
祐奈は努めてゆったりと、少しだけ拓郎を抱きしめる腕に力を籠める。
「……別に泣いてないっすし」
「――そっかぁ、男の子ぉはそういうとこ大変やもんなぁ」
小さく震える拓郎の後頭部に、祐奈は額を優しく押し当てながら、窘めるように、
「でもな? たまに、しんどい時はな? 友……達に甘えたったらええねん。別にそれでたっくんがかっこ悪いとか誰も思わんし、しんどい時はそういう風にしてくれた方がな? ……嬉しいねんで?」
そこで、拓郎は何も言わず、控えめにしゃくりあげるのが聞こえる。祐奈は拓郎の頭をゆっくりと撫でながら、
「……ふふっ、いっぱい泣き? いっぱい泣いてくれたほうが嬉しいねん。女の子が喜ぶことしてくれる男の子はかっこええねん。だからな? ……たっくんはかっこええねんで? 辛いこととかあったら何でも言うたらええねん」
一通りしゃくりあげたあと、拓郎は申し訳なさそうに、
「……祐奈さん、あの、……非常に言いにくいんすけど」
祐奈は穏やかな声で、包み込むように問い返す。
「……うん、どうしたん?」
「………………チン〇勃ちました」
「…………かっこわるぅ」
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