第14話 ……どこの国かもわからずよその国から?

「冒険者ギルドへようこそ」


 不揃いに切りそろえられた木材で組まれた壁に囲まれた建物の中、3人は受付っぽいカウンターで一人の女性と対峙していた。


「え? なんなんそれ」


 キョトンとした様子で祐奈が聞く。和夫と拓郎も同様にキョトンとした様子で女性を見つめている。三人ともこれまで最近のインターネットやゲームといったカルチャーからは距離を置いた、古きよくない下町のダメ人間として生きてきたため、こういった言葉の意味には明るくはないのである。


「はい。冒険者ギルドは、冒険者の皆様にクエストや適職についてご案内させていただく総合施設となっております。私受付のウラン・セプテンバーと申します」


 受付の女性は表情を崩さず丁寧に説明してくれる。女性はおとなしそうではあるがそこそこの美人でスタイルもいい。和夫は女性の着るカットソー調の服のV字に着られた部分から覗く胸元を凝視している。拓郎はそこから必死で目をそらしているのか意味もなく天井を見上げている。はたから見るとまるで、『天井を見て顔をニヤけさせる変態少年』に見えていることに彼は気づいていない。 

 

「え? あたしらって冒険者なん?」


「いえ、登録がまだでしたら冒険者ではありませんが、登録いただければすぐにでも冒険者としての様々な職業についていただけますよ?」


「へー、なんかおもろそー」


 冒険者そのものへの知識がなさそうな様子に女性は首をかしげる。冒険者という存在はこの世界ではそれほどメジャーなものなのであろう。


「えーと、その、……あなた方は、もしかして外国から?


「そーそー、今日尼から来たばっかりやねん。おねーさん尼知ってる?」


 得意げな顔で祐奈は答える。地方に住んでいる人間の中でも、自分の住む街を過剰に持ち上げ、自分の街が世界的に有名であるかのように話すものは一定数存在する。祐奈は例にもれずそのタイプ。そのタイプの自己紹介は往々にして、「え? 知らんの? なんで?」と、知らなかった場合相手の知識不足であるかのようにふるまうまでワンセットである。


「……はぁ、あ、ま? すみません、存じておりません」


「日本って国にあるねんけど、日本も知らーん?」


 言われると女性は申し訳なさそうに、


「……すみません」


 外国どころか地球ですらない異世界の住人が尼崎を知っている可能性はゼロである。


「そーなんやー、っていうかここってどこの国なん?」


 祐奈の問いかけに女性ははっと驚いた顔をする。


「……え? ……どこの国かもわからずよその国から?」


 どこの国かもわからずやってくることに違和感を覚える。異世界であれども国も政治もある世界と考えれば当然のことである。

 

「せやねん、なんか事故って気ぃついたらアタシらそこの道で倒れとってん。最悪やろ~?」


 家に帰ろうと思ったら自転車がパンクしていたくらいの気楽さで祐奈は言う。楽天的かつ物おじしない性格は祐奈の長所ともいえるが、この場合においては単に浅はかであるといえよう。


「そ、……それは最悪というよりただ事ではないのでは? ここよりも役場に行った方が……」


 言われて祐奈ははたと気づく、『パスポートとかもってないし色々ヤバいんちゃう?』と。


「え? あー、それは~、ほら? 大丈夫大丈夫、な?」


 祐奈は焦った様子で振り向いて仲間に同意を求める。


「いや、ちゃうねん、コイツ昨日飲みすぎて記憶無くしてんねん。まあ俺らは今日寝るとことかあったらええねん」


「そ、そやったそやった! あかんわー、アタシほんまお酒好きで~」

 

 とっくに『いや、それ言うたらあかんやつや』と感じていた和夫がすかさずフォローし、それに慌てて祐奈が追随する。

 

「……そうですか、では、宿屋までご案内しましょうか?」


「そ、それってなんぼくらい?」


「えーと、宿のランクに応じて値段はピンキリですが、一般的には一泊一人、3000~5000ババタンといったところでしょうか?」


「へ、へー、そのババタン……ってのは持ってないねんけど、これじゃあかん?」


 言いながら差し出された1000円札を見ると、女性は露骨に嫌そうな顔をする。ちなみにこの国の通貨はすべてコインである。クルクルパーマのオッサンが緑のインクで描かれた黄土色の紙切れを見せられたとあれば当然の反応といえよう。


「す、すみません、それはちょっと……」


 言われて一同はしばし沈黙する。昨日までは当たり前にあった”寝床”。それを今は渇望している。なけなしの”円”が使えないことはつまり、絶望を意味する。


「そ、そういえばおね~さんが言うてたクエストって何すか? お金もらえるんすか?」


 ふと先ほどの会話を思い出した拓郎が尋ねる。金がなければ稼げばいい。その発想に一瞬で至れたのは、どうやら中学生である彼だけだったようだ。


「はい、こちらに届いている依頼をこなしていただければそれに応じた報酬が受け取れます」


「へ~、なんか派遣会社みたいやなあ。それってどんなんがあるん?」


「クエストの内容については、冒険者として登録していただいた方にしか教えることができませんので、まずは適性検査を受けていただいてもよろしいですか?」


「ええよ~」


 朗らかに答える祐奈を尻目に、男二人は嫌そうに顔をしかめる。


「俺あれ苦手やわ、……免許ん時絶対いつか人轢く言われたし」


「……僕もあんまええ思い出が」


 ロクでもない性質を持ち、ロクでもない生き方をしてきた者にとって、内面を検査されるという行為にいい思い出がないのもある意味当然といえよう。


「もう、そんなん言うててもしゃ~ないやん」

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