第97話 愛のスパイス



「壮絶な戦いだったね……」


「そうだな、英雄と机がパンツ一丁になって踊り出したときは頭を抱えそうになったぞ?」


「僕としては、店員さん達もパンツ一丁になって筋肉祭りになったのが驚きかな? いやー、美形細マッチョの栄一郎が居なければ負けてたね!」


「それは良いが、そろそろ服を着てくれ英雄? なくした服代は出さないからな」


「くっ、フィリアの為に頑張ったのにっ! まあ、仕方ない、しくしく……」


 そう、スーパーでの業務用チョコ1キロ(税別百円)争奪戦はフィリアと愛衣の勝利で終わった。

 当初、並みいる強豪。

 町中の恋する乙女たちの勢いに、撤退もやむなしと思われたが。


 英雄と栄一郎が脱ぐ事で、ライバル達の視線を奪い。

 そして二人に触発された店員達による筋肉祭りの勃発。

 その隙に標的を奪取、フィリア達は会計を済ませたのだ。

 ――――残念な事に、英雄と栄一郎の衣服はその騒ぎで紛失し、パンツ一丁で帰宅となったが。


「ああ……、炬燵がヌクヌクで嬉しい……、僕は幸せだぁ……」


「いや、服を着ような? というか靴までなくしたのだから、まず足を洗え」


「はいはい、ところで君は何してるの?」


「私か? いや何、インスタに戦利品の購入報告だ」


「ああ、そう言えばインスタやってたね」


 英雄もフィリアのアカウントをチェックして、イイネを一つ。

 すると、ほぼ同時にイイネをした者が。


(恋人のインスタに反応する人って、妙に気になったりするよね)


 という訳で、誰が反応したか確かめてみれば。


(およ? これってもしかして未来さんかな?)


 流石はフィリア専属のメイド、主人のSNSまでフォローするとはメイドの鑑である。

 その瞬間、彼女から英雄に電話が入り。

 彼はジャージに着替えながら。


「はいはーい、こちら脇部くんチの英雄くんでっす! 未来さん、何かご用? フィリアに変わる?」


「いえ、それには及びません。――これは英雄様への警告ですので」


「警告? それは穏やかじゃないね。どうしたのさ、またローズ義姉さんが?」


「いえ、そうではなく……なんと言いますか……その、フィリア様の事で」


「…………もしかしてそれって、チョコと関係ある?」


 台所でバレンタインチョコを試作し始めたフィリアから、なるべく離れて英雄は眉を顰める。

 どうも、嫌な予感しかしない。


「…………単刀直入に言います、フィリア様の手作りチョコには気をつけてください」


「つまり?」


「くっ、申し訳ございません英雄様っ! 我ら一同、去年までは止める事が出来ずに……、ああ、なんて事を忘れていたのか!」


「そんな不穏な言い方しないでっ!? 去年のチョコに何があったのさっ!? フィリアが愛衣ちゃんのチョコすり替えて、家に不法侵入してお袋のチョコをすり替えたのは知ったばかりだけど!」


「………………お労しや英雄様」


「やめてっ!? まだ何かあるのっ!?」


「実は……、涎と爪と髪を少々」


「聞きたくなかったマジでっ!?」


「血と肉は阻止したのですが……」


「グッジョブ未来さんっ! でも被害出てるよねっ!?」


「すみません、その手の事は一番厳しい奥様がローズ様に説教をしていて、我らでは血と肉を止めるのが精一杯で」


「あ、義母さんはまともなんだね。安心…………いや、ちょっと待って? 待って待って?」


「では次にもう一つ報告を、――今年はローズ様に全力投入なので、我々は動けません。この意味がお分かりですね?」


「理解したくないよっ!! それって今年は止める人が僕しか居ないって事だよねっ!?」


「その通りで御座います英雄様、では……グッドラック」


「未来さんっ!? 未来さんっ!? チクショウ! 切りやがったっ!!」


 ガッデムと頭を抱える英雄に、若妻ふりふりエプロンスタイルのフィリアが首を傾げて。


「どうした英雄、トラブルか?」


「正座」


「うむ?」


「フィリア、正座。今すぐ」


「ちょっと待て、湯煎を始めた所なんだ」


「チョコを溶かすなら後でやりなおして、今すぐここに正座」


「ふむ……、何やら大事そうな話のようだな」


 フィリアは素直に火を止めると、英雄が用意した座布団にちょこんと座る。

 金髪ポニーテールで巨乳の美少女が、フリル付きのピンクのハート型エプロンで正座というのも英雄ポイント高めではあるが。

 生憎と、そんな事を堪能している場合ではない。


「さてフィリア、呼ばれた訳は分かるかな? 僕はとっても怒ってる」


「君が怒る? ふむ……ローズ姉さんがまた何かしたか?」


「ぶっぶー。あと二回ね?」


「なぬっ!? 回数制限付きかっ!?」


「そうだよ、仏の顔も三度までってね」


「その心は?」


「正解しないと、むっちゃ怒る」


「――――英雄が、怒る、だと?」


 表面上はニコニコと笑う恋人に、フィリアは背筋を延ばした。

 これはただ事では無い、答えを間違った先に待ち受けるのがお説教だけとは限らないのだ。


「つかぬ事を聞くが、わざと間違えた場合は?」


「逆に聞くけど、なんでわざと間違えるの?」


「正直な話、英雄が全身全霊の怒りを私に向けると思うと……。勿論悲しいのだが、怒りも私のモノとなるならば、それもまた本望と言うか」


「あと一回ね?」


「なんとっ!? それ程までに怒っているのかっ!?」


「そうだねぇ……じゃあヒントを一つ。去年のバレンタインチョコ、君は何を入れたか、そして僕に何を食べさせたのか。そのおっきな胸に手を当てて考えてごらん?」


「君の手を――あ、ごめんなさい。………………ええと」


「目を泳がしても、時間を稼いでもね? 何も解決しないからね?」


「………………ごめんなさい」


「何に対してだい?」


「~~~~っ、わ、私はっ! 去年のバレンタインに! 英雄に爪と髪の毛を粉にして、ついでに睡眠薬を少し混ぜたチョコを食べさせたっ! そして寝ている君の口に唾液も飲ませたっ! くそっ! 何処までバレていたんだっ! さっきの電話だなっ! 未来だなっ!!」


「へいへいヘーイ? フィリア? 僕が聞いてた情報より悪いのが混じってたんだけど?」


「うむ? その時は恥ずかしいから、こう上からだらりと唾を垂らしただけで。唇は奪ってないが?」


「その行為自体を恥ずかしがってよっ!? そもそも不法侵入とか怖すぎるんだけどっ!? 睡眠薬って何さっ!? 今は入れてないよねっ!?」


「安心してくれ、睡眠薬は多様すると体に悪いからな」


「不法侵入は? 今気づいたけどさ、君と同棲する前って。僕ってばあまり下着を買い換えなかったんだよね、――――新品とすり替えてた? ねえ、答えてよ」


「………………は、はい。時に部屋に飾り、時に粉にして食べていた」


 青い顔で冷や汗を流し俯くフィリアに、英雄は座ったまま近づくと彼女の顎を掴んで上を向かせ。


「まず一つ」


「ふぁ、ふぁい……」


「パンツは食べない、食べ物じゃありません。オッケー? もう二度としちゃだめだよ?」


「ふぁい!」


「んで二つめ、もうしないだろうけどさ。不法侵入しない」


「ふぁいっ!」


「三つ目だよ、薬は盛らない。…………破ったら、僕はもう君と口を聞かない。ね、想像してみて? 一緒に居るのに、一生声が聞けないって状況を」


「ふぁいっ!! ふぁいふぁいふぁいふぁいっ!!」


「じゃあ最後、――――絶対に、君の一部を食事に混ぜない事。直接食べさせるのも勿論ダメだ。唾液はキスの時だけ許してあげる」


「ふぁい…………」


「ん、分かったなら良し」


 顎から手を離した英雄に、フィリアは涙目で震える。

 彼女は何かを言おうとして、口を閉ざし。

 彼に触れようと手を延ばしては止め。

 ――彼女が悪いとはいえ、英雄としてはちょっぴり心が痛む。


「…………じゃあさ、もう一つ。何でこんな事したか聞かせて?」


 するとフィリアの顔から表情が抜け落ちて。


「本当に、聞きたいか?」


「勿論」


「本当の、本当に? 逃げないか?」


「逃げないって」


「その言葉、違えたら君を殺して私も死ぬからな」


「はいはい、じゃあどうぞ」


 ため息混じりに促した英雄は、恋人の瞳が黒く淀んでいるのに気づいて。


「はいストップ」


「止まらんぞっ! 君が良いって言ったのだからなっ!」


「いや、ちょっと待たない? すっごい嫌な予感するんだけど!?」


「いいや聞いて貰うっ! 英雄が聞きたいと言ったのだっ! 嗚呼、そうともっ! 心して聞くが良い!!」


「ぬわーーっ!? 何で押し倒すのさっ!?」


 そして英雄は、肉食獣に食べられる草食獣の気分を味わう事となった。


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