第93話 踊る大混戦



 ローズに頼まれ、裏口に止めた車に剣を取りに行ったロダン。

 勿論、全力で走ってローズと合流するつもりであったが。


「ふはははっ! ロダン先生! 剣を渡して貰うでゴザるよっ!」


「先生には恨みは無いが、やらないと英雄が怖いんでな」


「うーん、これはダメだね。英雄くんの罠にはまってしまったのかな? 彼ってば何処まで読んでいるんだろう」


「読んでいるというより、誘導してるだけだアイツは」


「その『だけ』ってのが怖い所でおじゃ……、まあそれはともあれ。拙者達の男を保つためにも、大人しく剣を渡して貰おうでゴザる」


「はいどうぞって、渡す訳にはいかないんだ。渡したら英雄くんが何をするか分からないからね。ボクの見立てでは致命的な何かに繋がるんじゃないかな?」


「それが分かった所で、我輩達の友情パワーに敵うと思うかにゃ?」


「ま、こっちも急ぎだ。力付くで渡してもらうっ!!」


 裏門にて栄一郎と天魔のタッグが、ロダンに立ちふさがって。


「ふっ、甘いな君たちは。ボクのピンチにローズが来ないと思うのかい?」


「机えええええええっ! 越前んんんんんっ!! ロダンに傷一つ付けて見ろぉっ!! ぶっ殺してやるぞっ!!」


「ゲェっ!? 先に屋上へ行ったんじゃないのかよっ!?」


「これでニ対ニ、イーブンだね」


「剣を投げろロダンっ! 今降参するなら峰打ちで済ましてやるっ!」


「それ両刃の剣っ!? 何処に峰があるでおじゃっ!?」


「受け取れローズっ!」「――でかしたぞロダン! 流石、我が夫!」


「ヤベェぞ栄一郎っ!? お前がツッコミ入れてる間にローズ先生に剣がっ!!」


「ぬおっ!? この栄一郎っ! 一生の不覚!!」


「小僧を殺す前に、お前達を剣の錆にしてくれようっ!」


 怒りに染まったローズの迫力に恐れ、うぎゃーと叫ぶ二人であったが。

 次の瞬間、ニタリと笑って。


「お助けーー! ――――なぁーーんちゃってっ!」


「弱点は把握済みでゴザる、ではご一緒に!」


「「キャストオフ!! チンチンブラブラブラザーズ参上っ!!」」


「うわあああああん、変態がいるっ!? 助けてロダンっ! ローーダーーンーーっ!」


「よし隙アリっ!」


「ナイス天魔っ! 英雄殿に届けるでおじゃっ!」


 ローズが混乱した隙に、股間から己の剣をブラブラさせる少年達は剣を奪って目指すは屋上。


「ローズっ! プランBだっ! 目を瞑って! ボクが指示を出すっ! 五メートル走って殴れっ!」


「よしきた旦那様っ! ――必殺ローズパンチ!」


「いやそれヤクザキック――ぐっはぁっ!?」


「天魔ダイーンっ!? バカなっ!? 目を閉じて見えない筈なのにっ! 指示だけであんなに正確に動けるでおじゃっ!?」


「ふははははっ!! 一瞬驚いたが、同じ手は二度もくわんっ!」


「三時の方向! もう一回ヤクザキックだ!」


「とうっ!!」


「ヤクザキックじゃなくてアッパーカッ、――ごふうっ!?」


 拳の直撃と共に、栄一郎の手にあった剣は落ち。

 すかさず天魔が回収、振り返らずに走り出すが。


「栄一郎~~~~っ!? くっ、お前の犠牲は忘れないっ! せめて俺だけでも!」


「十時の方向! タックルだっ!」


「這寄家秘技っ! お嬢様スライディングダッシュっ!」


「ぬわーーっ!? もの凄い勢いでドロップキックっ!? よし避けたぞっ!!」


「六時の方向!」「よしきたっ!」


「早く起きろ栄一郎っ! 剣をパスしながら行かないと死ぬぞ俺らっ!?」


 剣だけは死守して、股間の剣はぶーらぶらの二人は。

 夫婦の絆の前に苦戦を強いられて。

 一方、校舎の中。

 玄関では英雄の父・王太と、フィリアの父・勇里が睨み合って。


「へっ、こうしてお前とバトるのも久しぶりだなぁ」


「どの口で言う、昨日までウチのグループを混乱させてた奴がっ!」


「つけ込まれるような隙を作るのが悪い、もう少し後継者の教育した方が良いんじゃねぇの?」


「そっくりそのままお前に返す! ――どうなってるんだ英雄はっ!! フィリアを愛してくれるのは良いが、お前以上に滅茶苦茶じゃないかっ!!」


「いや、お前んトコのローズが追いつめた結果じゃねーかっ! フィリアちゃんがアイツの嫁に来てくれたお陰で、ガキンチョの頃みたいな無茶しなくなったって安心してたのによ! むしろ悪化させてんじゃねーかっ!!」


「あ、それは本当にすまない。ローズがシスコンで本当にすまない」


「アレをシスコンの一言で片づけるなよ。お前さん、カミラさんに毒されてねーか?」


「それを言うなら王太、お前こそこころさんに毒されてないか?」


「……」「……」


 黙り込む二人、その脳裏には苦々しい思い出が蘇って。


「よし! この話は無しにしよう!」


「その通りだ!」


 お互い、妻を愛してはいるが。

 彼女たちもまた、熟練のグラビティ使い。

 その重力に溺れ死にそうになった事、数知れず。

 ――二人は同時にファイティングポーズを取って。


「食らえっ! よくも結婚式前夜に逃亡した時、裏切ってカミラに突き出してくれたなパーンチッ!」


「お前こそっ! こころに穴の開いたコンドーム渡しただろっ! お陰で逃げられなくなったじゃねぇかハイキックッ!!」


 拳と足がぶつかり合って。

 何のための戦いか分からないバトルが始まった。

 そして、一階と二階を繋ぐ階段のの踊り場では。


「――来たわね、カミラ」


「ええ、来たわ我が親友! この這寄カミラが全ての責任を取りにっ!」


「ふっ、貴女らしいわ。……で、どうする訳? あの子達、かなり大事にしちゃってるけど」


「そうなのよねぇ……。私としても察知してた訳だから、万が一を考えて医師団と治療機材を待機させてるけど」


「こっちも、テレビ会社と各種SNSに通達して英雄のアカウントを凍結して、協力を断る様にしたけど。あの子ってば生徒全員を巻き込むものだから、全員は間に合わなくて……」


「フィリアと婿殿も、結末がどうであれ茶番ですませられる準備はしてるみたいだけど」


「いえ、甘いわカミラ。今のあの子は王太の行動力と、私譲りの愛の重さに目覚めてる。ちょっと予測がつかないのよ……」


「え、何それ最悪じゃないっ!? もっと早く伝えなさいよっ!!」


「一応、元特殊部隊員に知り合いに、こっそりフォローを頼んでいるけど……」


「ああ、こんな事になるのなら。ローズに剣を譲るんじゃなかった。剣があれば何でも解決出来るのに」


「エアガンだけど、スナイパーライフル用意してるの。――使う?」


「本当にっ!? では、もしもの時はこころが前衛をお願い」


「ところで、標的はあの子達だけで良い? ローズちゃん達も含める?」


「…………、そうね。場合によってはあの子達もお願い」


 女親二人は、がっちりと握手を交わして。


「愛は重さっ!」


「重さは愛っ!」


「だけど私達は親なので!」


「可愛い娘と婿殿は未成年!」


「ならば――」「――愛の重さで責任を取りましょうっ!!」


 各々がそれぞれの戦いを始める中、屋上に特別設置された飛び込み台の上で手持ちぶさたな英雄とフィリア。

 暫くは誰も来ないだろうという予想に反して、屋上の扉は開き。


「フィリア様っ! 英雄様っ!」


「あれ? 未来さんが一番乗りなんだ」


「どうする英雄、予定が狂ってしまったぞ」


「というか未来さん、愛衣ちゃんはどうしたの? もしかしてすれ違った?」


「この身は誇りあるフィリア様のメイドっ! 剣道三倍段がナンボのもんですかっ!!」


「あちゃー、足止め失敗しちゃったかぁ……」


「それで、どうするのだ未来。私達を止めるのだろう?」


 トゲの混じるフィリアの台詞に、未来ははっきりと頷いて。


「交渉しましょう英雄様、どうか命を賭ける様な行いは止めてくださいっ!」


「その心は?」


「お二人に死なれるとっ! 大、大、大、大迷惑なんですっ!! 経歴にも傷が付きますし! お屋敷にも居ずらくなるじゃないですかっ!! 残される人の気持ちにもなってくださいっ!!」


「見事なまでに自分の事だけだっ!? いっそ清々しいぞ未来っ!?」


「自分の事で何が悪いのですかっ! ローズ様もそうですが、――今の英雄様とフィリア様がやろうとしている事も、そうでしょう?」


「…………驚いたね、分かるんだ?」


「何っ!? 分かるのか未来っ!?」


「いえ、むしろ。何故フィリア様がお分かりにならないのです?」


「ふむ、正直な話。生きるも死ぬも、英雄次第ならそれで良いと思ってな」


「それはそれで嬉しいけど、もうちょっと考えようよフィリアっ!?」


「いや、こういう時は君に任せて。私は信じて着いていくだけだ。私に無い発想を持っているのが英雄だからな!」


「フィリア様? 英雄様の手綱をちゃんと握っていてくれないと、将来困るのですが?」


「そう言うって事は、僕らの勝利を信じてるって思って良い?」


「勿論ですとも、とはいえ職務として姉代わりとして。一度はこうして止めておきませんと」


「未来さんも同級生だったら良かったのになぁ……」


「うむ、何かと都合が良いものな!」


「それはご勘弁を、――所で交渉なのですが」


「あ、それはするんだ。でも何の為に?」


「思考停止してすぐに聞き返すのは、君の悪い癖だぞ? どうせ、思いとどまったラッキーぐらいで。この先を見越して恩を売ろうというのだろう」


「ご慧眼ですフィリア様、では英雄様。思いとどまってくれたら、フィリア様のストーカー記録を責任持って跡形もなく復元できない形で消去しますが」


「マジでっ!? うわっ、うわぁ……そーれーは、かなり悩むなぁ……」


「悩むな英雄っ!? というか私の宝を勝手に消すなっ!!」


「全ては英雄様次第……、さあ! どうしますっ!」


「おい英雄っ! 私は反対だからなっ! 消したら別れ……いや、ううっ、私はどうればっ!?」


 おろおろと混乱し始める恋人に、英雄は苦笑いしながらその手を握って。


「大丈夫だよフィリア、――とっても魅力的な話だけど、答えはノーだよ!」


「理由をお聞きしても?」


「今この場でフィリアの機嫌を損ねたくないってのも少しはあるけどさ、そもそも、僕はそういうフィリアも愛してるからね」


「それでこそ英雄だっ! 私は最初から信じていたぞ! 愛してる!!」


「ありがとフィリア。じゃあ交渉は決裂だけど……」


「ええ、仕方ありませんね。――ではやるべき事はやりましたし、時間を稼いだという事実も出来ました。……どうか、悔いのない様になさいませフィリア様」


「――――そうか、それを言いに来たんだな未来。ありがとう」


 メイドは微笑みカーテシーを一つ、ドアの横にずれて。


「真心親友便! ロングソード一丁お届けでゴザるっ!!」


「後はしっかりやれよ英雄っ!!」


「よっしゃあっ!! 流石は栄一郎と天魔だねっ! ――はい、確かに。ところで何で全裸な訳?」


 英雄が剣を受け取り、親友達の惨状に首を傾げた瞬間。

 ドアが壊れる勢いで開かれて。


「小僧おおおおおおおおおおっっ! 私が来たからには覚悟して貰うぞっ!!」


「やっほ、英雄くん。お邪魔させて貰うね!」


 そして、役者は全て揃ったのであった。


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