第33話 責任とって



 平和な日であった、休憩時間も昼休みも放課後も英雄達はダラダラ談笑してるだけ。

 特に騒動が起こす訳でもなく、夕方には仲良くフィリアと手を繋いで帰宅。

 さて着替えようかと彼が笑ったその時、ピンポーンと来客が。


「あれ? 荷物来るっけか?」


「いや、私は何も頼んでないぞ? 未来も来る予定は無い」


「未来さんなら、むしろ呼び鈴鳴らした直後に入ってくるよね」


「取り敢えず出たらどうだ?」


「なんだろ、何か料金滞納してたかなぁ……?」


「――――英雄センパイ! 責任とってください!」


「ほう、浮気か英雄。ちょっと包丁持ってくるから、そこを動くな」


「へあっ!? 待って、待ってったらっ!」


「そこの変なオンナは置いておいてください、今はわたしの用件を先に果たして貰いますからねっ!!」


「来るなり、ちょっと意味が分からないよ愛衣ちゃん!? そしてフィリア! 包丁はストップだ! 話せば分かるというか、僕は無実だよっ!!」


「男はみんなそう言うと、未来が言っていたのだ! 騙されないぞ私はっ! ああ、こんな幸福な日々が訪れるなんて変だと思ったのだ! 自分で言うのも何だが、私を受け入れるのは英雄とはいえ無理だと踏んでいたのだからなっ!」


「センパイ! わたしはもう我慢ならないんですっ! とにかく責任ととってください!」


「フィリアはもうちょっと自分と僕を信じよう? そして愛衣ちゃんは説明をカッ飛ばさないで話そうよ?」


 玄関扉を開くなり、鬼気迫る表情で胸ぐらを掴む愛衣と、心なしか涙目で包丁を両手で持ちプルプル震えるフィリア。

 ホットスタートに、英雄としても困惑を隠せない。


「センパイ!」「英雄!」


「はいはい、二人とも落ち着いてね。落ち着かないなら愛衣ちゃんは叩き出すし、フィリアは同棲止める」


「私は正気に戻った! 信じていたぞ英雄!」


「――すみません、少し興奮していました。事情を話すので聞いてもらえないでしょうか?」


「うんうん、グッドだね。じゃあお茶でも入れるから座って待っててよ」


「私も手伝おう。……愛衣よ、ポテチはのり塩とコンソメのどちらが良い?」


「うす塩はないんですか? わたしはそれが一番なんですけど」


「くっ、そうだった! 愛衣ちゃんはうす塩派だったんだ! この裏切り者め!」


「そうだこの裏切り者め! ポテチはコンソメが一番だろう!」


「いえ、わたしとしては。そこまでの拘りは無いんですけど……」


「この背教者め! ポテチ地獄に落ちるが良い! コンソメ味は至高のポテチだろうがっ!」


「残念だよ愛衣ちゃん。ポテチはのり塩って決まってるんだ。――さ、栄一郎の所へお帰り」


「ポテチの味だけで酷くありませんっ!?」


「いや、これは大切な事だよ」


「そうだ、どっちが美味しいかはとても、とても大切な事だ」


「何せ、週に一回はどっちが美味しいかで食べさせあいっこしてるからね!」


「ふむ、丁度良い。愛衣よ、どっちが美味しくポテチをあーんして貰って食べれるか見ていてくれ」


「…………胸焼けして来たんで帰りますね」


「どうぞどうぞ、バイバ愛衣ちゃん」


「では、またな愛衣」


「引き留めてくださいよっ!! というか来客なのに喧嘩に見せかけてイチャイチャしないでくださいっ!! 嫌味ですかっ! 嫌がらせですか!! わたしが英雄センパイが好きだって知っての狼藉ですかっ!!」


 ウガーと、ちゃぶ台を揺らしながら立ち上がる愛衣に、英雄は冷静に首を傾げて。


「いや、だって愛衣ちゃん。僕のコト好きじゃないでしょう?」


「そうだそれだ! 前から聞きたかった! 何故英雄はそんなにも自信たっぷりに、愛衣の気持ちを否定するのだ?」


「そうだねぇ、愛衣ちゃんも居ることだし。今日はその辺りを話そうか。――その手の話なんでしょう? 愛衣ちゃん」


「…………英雄センパイ? たまにはラブコメ漫画の主人公みたく、鈍感難聴系になってみませんか? もっと持てるかもしれませんよ」


「生憎とね、僕はフィリアが居ればいいから。フィリア以外からの矢印はすぐに回避出来るように、情報収集は怠っていないのさ」


「英雄、疑問があるのだが」


「何でも言ってよフィリア、君に隠すコトなんてあんまり無いさ」


「少しはあるんですねセンパイ」


「男の子だからね、――まぁ単純な話さ、僕たち男子だって恋バナするんだぜ? そんでもって、誰それが好きだから手を出すなって根回しされたりする」


「それで上手く行くんですか?」


「まさか! お祭り騒ぎの始まりに決まってるじゃないかっ!! ウチのクラスの男子ってば三割はカノジョ居るけど、殆どが根回しからのエテ公の抜け駆けに発展してるからね!」


「ダメではないかっ!? それでどうして三割も上手くいっているのだ!?」


「ほら、エテ公って相手が好きなんじゃなくて、恋に恋するタイプっていうか」


「ああ、見境なしって聞きますねあの越前先輩は」


「正確に言うと、可愛い女の子なら見境が無いだけなんだけど」


「成程、それで越前は女子の間だで人気が無いのだな」


「そう言うこと、逆に男子には人気だよ。なにせエテ公が悪役恋敵になってくれるお陰で、告白成功率アップ! キューピッドのエテ公とも呼ばれてるんだ」


「ああ、二年生にキューピッドが居るっていう噂、越前先輩の事だったんですね…………って、話がズレてますよ! 英雄センパイと話してると毎回毎回脱線が激しいんですからっ!! 天然なんですかっ!!」


「と思うだろう愛衣、私も最近分かってきたんだがな。――計算して脱線させてるぞ、この男」


「え、本当なんですかフィリア先輩っ!?」


「計算とは、まるで腹黒みたいな言い方だね。僕はただ、本題に入る前に盛り上げてるだけさ」


「その心は?」


「いやー、実は何となく計算してたんだ。これは秘密だけど、僕ってばお喋り好きでね」


「知ってる」「知ってます」


「え、そう? ともかくさ、緊急の用件以外なら会話を楽しみたいじゃないか」


「緊急の時でも、同じ調子だと思うのだが?」


「人生エンジョイ、緊急時もエンジョイってね。会話が弾むなら冷静になる余裕も生まれるってことさ」


「それでセンパイ、今のお言葉。どこまで本気で?」


「これも秘密なんだけど――――九割フィーリングかな?」


「知ってた」「だと思いました」


「うーん、この。僕への厚い信頼を感じるな」


 ニコニコとポジティブ全開の英雄に、愛衣はため息を。

 フィリアは然もあらん、それはそれとして惚れ直したとあばたもえくぼ。

 二人の物言いたげな視線も気にせずに、英雄は話を戻した。


「さて、愛衣ちゃんの好意を否定する話と。僕が責任と取らないといけないらしい何かの話だったね」


「じゃあセンパイ。好意の否定からお願いします」


「確かに、それは私も一番気になるな」


「簡単な話だよ。――だって愛衣ちゃんってば、僕が好きじゃないのに、好きってふりして何かをさせようとしてるでしょ?」


「まて、説明になってないぞ? 仮にそうだとしても、判断した理由は何だ」


「んー、そうだね。話は栄一郎と出会った頃に遡るんだけど……、愛衣ちゃん?」


「その辺りは話しても構いません」


「では簡単に、この兄妹は両親と不仲だった訳だ」


「それを君が何とかした、というのは予測出来るが……」


「あんまり言いたくないんだけどね。栄一郎はもう一つ問題を抱えてるみたいなんだ」


「読めてきたぞ。つまり愛衣は、両親との不仲を解消した英雄に目を付け。兄の栄一郎の問題も解決させる口実として恋人になろうとしていた訳だな」


「最初は敵意バリバリだったからねぇ。何回、愛衣ちゃんの竹刀を避けたか覚えてないよ」


「叩かれたんじゃないのか」


「当たったら痛いからね、そりゃあ避けるさ」


「自慢じゃないですが、あの頃から段持ちだったんですよね。何で避けれたんですか……正直言って、自信喪失したんですからね」


「それで愛衣ちゃんは手を変えたんでしょ? 僕を惚れさせて言うこときかせようって」


「見抜かれてたんですか」


「まー、最初は騙されてたんだけどね。ほら、栄一郎が居たから」


「机栄一郎! 私は信じていたぞ! お前こそが英雄の親友だ!」


「それは今度会った時に言ってあげてね、喜ぶだろうし」


「兄さん……そうまでして、あの女狐の事をっ!! きぃっ!! 親友なんですから何とかしてください英雄センパイ!!」


「ごめんね、僕も気になってるけど。栄一郎は困ってないみたいだし」


「それが不味いのに!」


「つまり、栄一郎を何とかする為に責任を取れと。そう言いたい訳だな?」


 お茶を啜り頷くフィリアに、愛衣は首を横に振って否定した。

 彼女とて英雄と何年もの付き合いだ、彼がこう言う事で発言を覆さないのは身を持って知っている。


「それがですね……、正直に言いますと…………、そのですね」


「どうした、はっきり言え。最悪でも包丁の出番なだけだ」


「はいはい落ち着こうねフィリア、じゃないと今日は一緒に寝ないよ」


「私は黙る!」


「はいよろしい、それで? どう言うことなんだい?」


「……白状してしまいますが。確かに英雄センパイの言うとおりです。兄の親友として、男友達として、先輩として好ましく思ってます。フィリア先輩が居なかったら、後数年で本気で惚れてたと思います」


「話が見えないね、愛衣ちゃんは僕にどうして欲しいの?」


 英雄の言葉に、愛衣は真っ赤になって俯いて。

 両手で顔を隠しながら、か細い声で告げる。


「――――――――恋を、して、しまったんです」


「英雄、ちょっと包丁研いでくる」


「座って全部聞こうねフィリア。続きをどうぞ?」


「この前、英雄センパイを探したとき。その、格好良かったんです、あの人。普段はあんなにモテない男の子丸出しで、馬鹿っぽくて、全然好みなんかじゃないのに……――何故かいつも思い出して、胸がきゅんきゅんなるんです」


「単刀直入に聞くけど…………誰?」


「越前先輩です」


「わんもぷりーず?」


「越前天魔センパイですっ! きゃっ、言っちゃったっ!!」


「これは――責任を取るべきだぞ英雄! あの男に愛衣を任せられるか!!」


「それは栄一郎のセリフじゃないかな? というか、僕にしたみたいにアタックすれば良いじゃない。まさか、フィリアみたいに恥ずかしくて変な行動に出そうになるとか?」


「英雄からの信頼が厚いな、私は嬉しい」


「君は反省してどうぞ? で愛衣ちゃん、どうなのさ」


「それは問題ないんですが、英雄センパイにフェイクで恋してる時にですね。思わぬ性癖が開花してしまいまして……」


 恋する相手がエテ公で、思わぬ性癖の開花。

 英雄は頭がパンクしそうになりながら、続きの言葉を待った。


「わたし、どうも匂いというか、体臭が好きみたいで……」


「栄一郎には聞かせられない話だなぁ……、まぁ、そう言うのも素直にエテ公に言ったら?」


「言えませんよっ! だって消しゴムに染み着いた手の汗の臭いとかっ! 昨日だって上履きをすり替えてなめ回して堪能したい衝動を我慢するの大変だったんですからねっ!!」


「聞きたくないけど、どうしてそんな性癖が?」


「英雄を籠絡する為に、こっそり私物を拝借して分析してみようと思ったんです。結局、何にもならなかったんですけど、枕元に隠していたら、徐々に男臭さって言うんですか? 癖になって来て」


「うーんと、えーと、もしかして。エテ公のは特に凄かった……とか?」


「はい、まさにソレです!! 英雄センパイの臭いが霞むくらい! わたし、とってもクラクラしちゃって! ――助けてください! このままじゃわたし、フィリア先輩みたいに、超絶面倒くさいストーカー地雷女になっちゃいます!!」


「どさくさに紛れて、私がとてもディスられた気がするが?」


「大丈夫さ、超絶面倒くさいストーカー地雷女なのは本当だし、そんな君が好きなんだ」


「嬉しいけど嬉しくない!!」「センパイ達の所為なんですからね! 責任とって助けてください!」


 フィリアはずずいと右から英雄を揺さぶり、愛衣はゴゴゴと左から。

 英雄は苦笑して、栄一郎に愛衣を引き取るようにメールを送った。

 なお、机栄一郎が来るまでに協力を約束させられたのは言うまでもない。


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