第九章 蒼き時の彼方に 六
チームカラーの赤いユニフォームを身に纏った小集団は、日産時代からの仲間だろうか。
「11 石井悠介」と刻まれた赤色の大きな横断幕を掲げながら、しきりに声援を送っている。
今は亡き古巣で培われた絆に後押しされ、本来の投球を取り戻した石井。
美しく伸びやかなフォームで富士重の三番をレフト・フライに仕留め、颯爽とマウンドを降りていく。
ようやく傾き始めた流れを逆流させてなるものか。負けじと燃え上がる富士重魂を胸に秘め、八度目のマウンドに立った。
二点差を追いかける住金打線は、八番からのスタート。クロスファイヤーで攻め込んで、まずは三振に打ち取った。
ホッと息をついたのも束の間、磯部の予想通り、ここで代打の切り札を送り込んできた。
代打率四割をマークしている中堅の強者が待ったを懸け、打席に立ち塞がった。
絶好の場面で好打を打つ勝負強さを兼ね備え、監督も絶大な信頼を寄せる大男だった。
しかも右打者で、球の出所は容易に見破られる可能性もあった。
ファースト・ストライクは欲しいが、代打ともなれば積極的に初球を狙ってくるだろう。
きっと試合を通して、ベンチでじっくりと俺の投球を品定めしていたに違いなかった。
ぐるりと取り巻く包囲網にも、ピリピリとした緊張感が漂っていた。
一振りに懸ける男から発せられる強烈なオーラに、知らず知らず呑み込まれそうになる。
試合中盤から素振りを始め、いつでも出られるよう出番に備えていた姿が思い出された。
嘲るようにゆっくりと背骨をつたって落ちていく汗に、焦燥感が募っていく。
磯部のリサーチでは、大きな当たりはないものの、内、外角、左右のコースを上手く打ち分けるセンスに長けている。
ここ一番の大勝負に欠かせない、ピンチ・ヒッターだと言っていた。
ならばと高低差のあるフォークを内角深くに攻め込んでいく作戦に打って出た。
オーバースロー時代にはフォークが決め球の一つだったこともあり、ある時、好奇心から遊びで投げてみたことがあった。
思いがけず上手く収まったのには、我ながら驚いた。
アンダースローでフォークは不可能と言われていたし、偶然だろうと二球目を投げるも、再びベストな位置に落ち着いた。
そこに着目した沼田との、試行錯誤の日々が始まった。
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