第九章 蒼き時の彼方に 三

 磯部のリードに全てを委ね、五、六回ともに完璧に押さえ込み、粛々とゲームは進んでいく。

 いよいよ後半戦に差し掛かり、七回表の攻撃が始まろうとしていた。

 僅か一点差にまで追い上げ、何としても巻き返しを図りたいところだった。

 盛り上がりを見せる応援席から、絶妙のタイミングで富士重工の社歌が聞こえてきた。

 近頃では社員でも歌えない者が多いなか、物心ついた頃から聞いて育った太田市の子供たちを始め、市民たちが声高らかに合唱する。

 日本を代表する企業の一つである富士重工は、今も昔も太田市民の誇りであった。

 また、各地で開催した少年野球教室に参加した子供たちまでもが、ユニフォーム姿で応援に駆けつけてくれた。

 社歌までしっかりと覚え、共に合唱に参加してくれる姿がなんとも微笑ましく、富士重ナインたちのモチベーションも俄然、高まっていく。絆が大きな力に変わっていく瞬間だった。

 応援団を筆頭に観客席が総立ちとなり、重なり合った声がグラウンド内に響き渡る光景たるや、まさに圧巻の一言に尽きた。

 狭いベンチ内から見上げた一面の青いカンバスに、真っ白なグライダーが悠々と泳ぐ。

 大きく一つ旋回しながら、近くを流れる利根川に向かって徐々に小さくなっていった。

 きっと高みから見下ろす俺たちなど、どれも同じ小さな石ころのように見えるのか。

 それとも、白いラインで結ばれた四角形のダイヤモンドにちりばめられた眩い煌めきとなって映るだろうか。

 風を掴んだ翼が太陽の光を受け、一瞬キラリと光った。

 レフト前ヒットで塁に出た磯部を、藤岡がバントで送り、一番の松井田がタイムリー三塁打を放つ。

 いよいよ同点にまで追いついた。泣いても笑っても、残すところあと二回。勝負は山場を迎えていた。

 これ以上の得点を、絶対に許すわけにはいかなかった。

 思わず肩に力が入りそうになるのを、大きく呼吸しながら圧を抜いていった。

「ここ一番の時に力んでいちゃちゃダメだでぇ。余分な力を抜いた時でなきゃ、本物の力は発揮できねぇんだ」

 たとえ離れていようとも、確氷からの言葉の守りが俺を導いてくれた。

 暗闇の海に漂う孤独な船を、希望の光となって照らし続ける灯台の灯りのように。

 

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