第七章 登龍門 四
磯部が大きく頷きながらズボンの裾でボールを二度三度と擦り、返してよこす。
人差し指を高らかと挙げ、守備陣にもあと一つ、とアピールした。
この一球で決めてみせる!
一気に畳み掛けようと、再び縦スライダーで勝負をかけた。
ところが、見事な適応力で妻沼が上手くタイミングをつかみ快音を響かせた。
打球がショート万場の手前で急に弾む。ボールの軌道を見越していたのだろう。
着地点に先回りし、地面で跳ねた瞬間を完璧にとらえた。
そのままセカンドに送球して富岡が封殺。富士重、鉄壁の守備が敵の侵攻を瀬戸際で食い止めた。終わった。
勢いよくマスクを剥ぎ取った磯部が握り締めた拳を突き上げ、全身で喜びを表した。
言葉にならない想いが、高鳴る胸の鼓動を突き抜け勝利の雄叫びを上げる。
強者どもが夢のあと。
名だたる東北の騎馬武者を相手に二対0と完封し、初陣を白星で飾った。
雨雲を押しのけ、勢いを取り戻した太陽。
柔らかな西日が背中に暖かい。
風に翻弄された平成版、花倉の乱に、終止符が打たれた。
五
ホームベースを挟み、再び両陣営が顔を揃えた。互いの健闘をたたえて握手を交わす。
激戦も既に過去の出来事となり、膨大な記憶の抽斗に仕舞われていくだけ。
東の空でくっきりと色鮮やかな孤を描いていた虹も薄れ、すでに記憶の中の残像でしかなかった。
勝ち星を挙げたロッカールームは賑わいを見せ、あちこちで野球談義に花が咲いていた。
「しかし、光一と大和のバッテリーは、天晴れだったよ。しっかり風を読んでいた。すげえなぁ〜お前ら。強豪のJR東北を相手に完封だぜ」
ベンチに腰掛け、スパイクを脱ぐ磯部の頭を上野が素早く抱え込み、得意のプロレス技、ヘッドロックをかけた。
「だからって大和よ、調子に乗るんじゃねぇでぇ〜くらえ!」
上野の太い腕が磯部の頭を両手でがっちりとクラッチして、万力のようにグイグイと締め上げた。
「やべ、油断したばい‼︎ 痛ぇ〜、ギブ、ギブ‼︎
りゅう兄ぃ、助けて〜‼︎」
血が上って顔を真っ赤に染めた磯部が、隣でユニフォームを脱ぐ俺に救いを求めた。
「上野さん直伝、祝いの洗礼だ。ありがたくお受けしろ」
悶絶する磯部に苦笑いしながら、見て見ぬふりを決め込んだ。
ロッカールームはさながらプロレス観戦の様相を呈し、あちこちから野次が飛ぶたびにどっと笑いが起こった。
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