第五章   風立ちぬ   九

 クリスマスも間近の前橋の夜。華やいだイルミネーションに輝くアーケード街を三人で腕を組みながら闊歩した。

 子供みたく無邪気にはしゃぐ真琴と、照れ臭そうに再会を喜ぶ武尊。

 そんな二人を、どこか遠巻きに見守る自分がいた。

「武尊兄ちゃんは楽しい学生時代ば過ごしたんやね。よかった、ほんまによかった」

 酒に酔ったせいなのか。磯部が再び目頭を押さえながら、何度も小さく頷いた。

 たった一度会ったきりとはいえ、お互いを気にかけて労りあえる兄弟とはいいものだと羨ましく思った。

「ところが再会の喜びも束の間、つまらないチンピラに囲まれてな。武尊と睨み合いなって。そこに割って入った真琴が、チンピラがチラつかせていたナイフの犠牲になり命を落とした。あっという間の出来事だった」

 季節外れの真冬の遠雷。荒れ狂ういかずちが赤城の山の稜線を浮かび上がらせたとき、武尊は雷神と化した。

 荒ぶる神の怒りは止まることを知らず、悲しいかな。畜生道に堕ちた哀れな若者を再起不能に貶めた。

「武尊は怒り狂い、チンピラに馬乗りになって。何度も何度も拳を振り下ろした。騒ぎを聞きつけた警察が駆け付けたときには、チンピラはすっかりのびちまって。そいつは今でも植物状態のままだ」

 空になった缶ビールを片手でグシャリと乱暴に捻り潰す磯部の手が、やり場のない怒りと悲しみを物語っているようだった。

「まるで地獄絵図だ」所在なげに虚な目をした磯部の脳裏にも、恐ろしい映像が映し出されていたのだろう。

「俺は……何もできなかった。真琴を守ることも、武尊を止めることも。俺たちの周りを野次馬が取り囲んで。沢山の好奇の目は、ただ息を呑んで見つめているだけだった。俺だって、あの野次馬と同じなんだ。俺も加害者の一人なんだ!」

 腹の底から込み上げる怒りは、自分自身に向けられた激しい憎悪の念となって牙を剥いた。

「りゅう兄い、それは違う! そこに居合わせた者全てが、加害者であり被害者だったんだ。事は起こるべくして起こった。誰のせいでもない‼︎」

 磯部の放った一言に、固く押し止めていた感情が一気に吹き出してきた。想像を絶する激情が、津波となって押し寄せ、孝一を飲み込んでいく。何度も、何度も。

 磯部の手のひらの暖かさを背中に感じたとき、どうしようもなく涙が溢れてきた。

《そうなのだ。俺には泣ける場所が必要だった》

心を許せる人のもとで、思い切り泣きたかった。そうでもしなければ、自らに課した十字架に耐えかねて押し潰されそうだった。

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