第二章   雷神   三

「何を恐れているの?」

 真琴が放ったストレートが、荒んだ心のど真ん中にヒットした。

「マコは昔から変わってねぇな。いつも直球勝負だ。敬遠するぜ。ずけずけと土足で入り込んでくんなよ、ほっといてくれや」

 大きなやんちゃ坊主の悪足掻きに、孝一の苛立ちはつのるばかりだった。

「いやよ、放っとけないわ。悲しいとき、辛いとき、いつも傍にいて助けてくれたじゃない。だから私、挫けそうになっても頑張れたの。武尊の力になりたいのよ」

 絞り出すような声に込められた想いを知ってか知らずか、拗ねた子の機嫌は直らない。

「どうにもなんねぇんだよ! 力になりたいだって? 安物のドラマみてぇなこと言ってんじゃねぇや、やめてくれ」

 真琴の真摯な想いを嘲笑うかの如く切って捨てる武尊の言葉を遮り「その安物のドラマの主人公は、お前なんだぞ、武尊!」

 今にも殴りかからん勢いで、孝一は武尊の胸ぐらを掴んでいた。

「止めて、二人とも!」

 真琴の哀願する声も虚しく、燻り続けていた火種が、めらめらと勢いを増して燃え上がる。もう、止められなかった。

「なんだよ、殴りたきゃあ殴れや! 今の俺に怖いもんなんかねぇ」

 振り上げた拳が鈍い音を立てた。

「馬鹿野郎! そういうのを無鉄砲ってんだ。もっと自分を大切にしろよ」

 言葉では伝わらない想いを不器用に伝えた左手がジンと痛む。

「どうしちゃったのよ、武尊。昔みたいに小っちぇえ、小っちぇえって、笑い飛ばしてみせてよ。嫌いじゃなかったな、精一杯、肩肘を張って生きる武尊の姿」

 いつも笑っていた。笑っている武尊の顔しか思い浮かばなかった。

 苦しいとき、辛いときこそ、わざと大声張り上げて。ジョークの一つも飛ばしながら、精一杯笑っていた。

「塵も積もれば山となる、ってか。もう限界なんだよ。今さら生まれついた境遇は変えらんねぇだんべ。畜生め、普通の家に生まれてたらさ。俺の人生だって変わってたのによ」

 武尊が、自分の生い立ちを嘆き、想いを吐露したのは初めてだった。

「きっと、私たちの知らない苦労が一杯あったんだよね。可哀想だったよね、可哀想だったよね。武尊」

 真琴は両手で顔を覆い、声を上げて泣き出した。

 武尊はちらりと真琴を見やると、呆れたように口元だけで笑った。寂しそうに笑った。

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