ユーカリ39枚目 我が家はよいものだ

 コレットがまともに動き出してからは、全てがスムーズに進む。

 ノコギリやハサミといった道具類から、コレットの日用品まで揃えることができた。

 家具は余り置いていなかったけど、小さな机くらいならあるから差し当たりそいつで我慢することにする。

 使うのはコレットだけだしさ。彼女が困らない大きさならそれでいい。

 

「んー。タオルはあったけど、布団やらの寝具はないんだな」

「ベッドなら別のお店で売ってます!」

「寝具がそこで揃うのかな?」

「はい。ベッドと敷布団があれば快適に眠れますよ!」


 ふむ。

 コアラになって以来、枝の上で寝ているけどベッドで寝転がりゆっくりと休むのも悪くない。

 人間の時は毎日ベッドで寝ていたが、今となっては懐かしいものだ。

 少しでも人間らしい生活をしておかないと、心までコアラになってしまいそうだからな……。

 

「コアラさん、コアラさん」

「ん?」


 おっと、黄昏ていてコレットの声が耳に届いていなかった。

 

「他にお買い物はありませんか?」

「特には無いかな。コレットは必要な物が全て揃ったか?」

「た、たぶん?」

「足らなきゃまた買いにくればいいさ。消耗品もあることだし」

「はい!」


 笑顔を見せるコレットだったが、そろそろ俺を降ろしてくれないものだろうか?

 俺がテイム生物だと言う事を店内にアピールしているのは分かるんだけど、ずっと抱っこされたままだと自由に動けないじゃないか。

 パンダ?

 パンダは店の隅っこで腹を出してごろーんと仰向けに転がっている。

 ガソリン(笹)をたらふく食べたからか、完全におやすみモードだ。

 といっても、パンダだけ休みやがってといった気持ちは微塵もない。むしろ、笹をいちいち与えなくて済むから、ゆっくり店内を回れた。

 そんなわけで、寝ててくれてよかったと思っている。

 

「それでは、寝具を買いに行きましょう」

「うん。あ、待って」


 帰り際になって、いい事を思いついてしまった。

 自分の賢さが怖いぜ。


「買い忘れですか?」

「そそ」


 俺自身の生活に必要な物は無い。

 だけど、せっかくいろんなアイテムが売っているのだ。

 ちょっと試して本格的に着手していなかった「錬金術」の肥やしにできるんじゃないかって思って。

 錬金術はいろんなアイテムを合成して、新たなアイテムを作り出すスキルなのだけど……合成に失敗したらアイテムが消えてしまう。

 一度ユーカリを合成に使って消えて以来、ユーカリを使うことを控えてきていた。

 何でもいいから適当にユーカリ以外のアイテムを合成して、熟練度を上げてみよう。

 目的? それはだな。

 ユーカリ茶に続く、素敵なユーカリ生成物を生み出すためだよ!

 ユーカリ酒とかできないかなあ。普通のやり方じゃあユーカリ酒なんて造ることができないだろう。

 だけど、科学の力を使わず不思議パワーで合成する錬金術ならば、可能かもしれない。

 他にもユーカリの種とかできたりするかもしれないじゃないか!

 種ができれば、植えて、大事に育てればユーカリの木になる。

 キャンプスキルがあれば、モンスターに邪魔されず育成することが可能。

 うはああ。夢が広がってきたああ。 

 

 というわけで、適当に買い物カゴへ次々に小物やらなんやら沢山の物を放り込み全てお買い上げした。

 大量の買い物をパンダに乗せて雑貨屋の外に出る。

 すぐに雑貨屋の裏手に回り、人気がないところで全てアイテムボックスに仕舞い込む。


「大きな物でもアイテムボックスに入るんですね」

「うん。ベッドでも問題ないはずだ」

「物凄く便利ですね! コアラさんのギフト」

「コレットのギフトもとても良い物だと思う」

「えへへ」


 アイテムボックスは落とさない、盗まれないという利点は得難いものがある。

 だけど、コレットの持つ「コーデックス」も俺にとってはアイテムボックスと同じくらい使えるスキルという認識だ。

 彼女に教えてもらえば、俺のスキルがどのような効果を持つのか分かるし、個々のアイテム、モンスターについても概要を知ることができる。

 知識とは生きていく上で大きな力になるからな。

 コーデックスの価値も計り知れない。アイテムボックスと比しても遜色がないほどに。

 

 ◇◇◇

 

 ベッドも無事購入し、イチョウの巨木の元まで戻ってきた。

 ちょうど日が暮れ始める頃だったが、街では日中行動していたためか既に眠気が……。

 仕方ないこととは言え、街の人たちは明るいうちに行動する。夜中に店を訪れても開いてないし、こればっかりは街の生活に合わせるしかないよな。

 今日は起きていれるだけ起きておいて、日が登る前くらいに眠れれば御の字ってところかなあ。

 昼夜逆転させると、戻すのがなかなか面倒なんだ。

 これは時差ボケに似ている……と思う。たぶん。

 日本にいた頃、海外に行ったことがなかったから想像でしかないけどね!

 

「中に入って、少し休もうか」

「はい」

「念のため、何者かに侵入されていないか気配を探る……っておい」


 コレットに「少し待て」と手で合図したはいいものの、パンダが洞の入り口に顔を突っ込みむぎゅううっとしているじゃあないか。

 中にモンスターが隠れていて顔をかじられても知らねえぞ。

 幸いにもパンダは、何事もなく中に入って行った。

 

 キャンプスキルがちゃんと発動していれば、木の洞は完全に隠蔽されている。

 大丈夫だとは思ったけど、警戒するに越したことはないだろ?

 結局、パンダが人柱ならぬパンダ柱になった形だが……。

 

 苦笑しつつも、一応中の気配を探る。

 うん、パンダ以外には中に何者もいないな。

 

「ただいまー」

「おかえりなさい」

「ん?」

「えへへ」


 日本にいる時は一人暮らしをしていたけれど、自宅に帰ってきたら「ただいま」と言っていた。

 習慣とは怖いもので、コアラになって木の洞が家……というよりもねぐら……いやいや「拠点」であっても自然に口をついて出てしまう。

 俺の後ろから入ってきたコレットが、「おかえり」も変な話だけど、「おかえり」の言葉を聞くのは嬉しいものだ。

 

「コレット。コップを出してくれ」

「はい」

「行くぜ。クリエイトホットウォーター」


 よし、魔法が発動した。鍛えた甲斐があったぜ。

 たまに失敗するのはご愛嬌ってところだけど。

 

「お湯を沸かしに行こうと思ったんですが、ホットウォーターをモノにしていたんですね!」

「最近はキャンプスキルを主に鍛えていたけど、魔法もちまちまと熟練度を上げていたからさ」

「いつもながら、コアラさんの努力は尊敬します」

「いやいや、コレットもなかなかのものだと思う。弓も軽業師もな」

「ゆ、弓は……」


 何故そこでずうううんと影がさすんだよ。

 沈んだ状態でもコレットはしっかりユーカリ茶と紅茶を淹れてくれた。

 

「ご飯を食べたら、部屋の模様替えをしないか?」

「素敵です! 是非、やりましょう!」

「おう……もしゃもしゃ」


 ユーカリ茶葉を咀嚼する。うめえええ。

 香りも最高だー。

 

「ま、窓とかあればよかったかもしれません」


 コレットが何やら呟いているが、ユーカリ茶に集中する俺には何を言っているのか聞き取れなかった。

 

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