ユーカリ32枚目 笹が食べたいことは分かった

「どうしたんですか?」


 声をあげた俺へ心配させてしまったのか、コレットが眉をひそめる。

 

「あ、いや。テイムできてしまった」

「すごいじゃないですか!」

「少し、納得がいかねえ……」

「ま、まあ。いいじゃないですか。うまくいったのでしたら」

「そ、そうだな。いつでもリリースできるんだし」


 できるんだよな?

 例のごとく、テイムスキルの仕様は分からない。

 

 その時ふと、脳内にメッセージが浮かぶ。

 

『パンダは笹が食べたいようです』


 知らんがな。勝手に食べりゃあいいだろ。

 

『パンダは笹が食べたいようです』


 だあああ。分かったから、メッセージを流すのをやめろ。

 

『パンダは笹が食べたいようです』


 ……。

 

「コ、コアラさん?」

「仕方ねえ。このままじゃあたまらん」


 立ち上がり、ぼおおおっとしているパンダの背中を揺する。

 揺すられるままになっているパンダへ言葉をかける俺。

 

「パンダ。笹を取りに行くぞ」


 お、メッセージが消えた。

 脳内に流れたメッセージはパンダの気持ちを表示するものなのか?

 そのうちハッキリするか。

 

 ◇◇◇

 

「これで50Killだな」

「はい!」


 昨日に引き続き、笹クラスのモンスターをコレットが弓で次々と仕留めているが……飽きてきた。

 彼女の方もすっかり慣れてきたようで、手元に一切のブレが無くなっている。

 今後は肩慣らしとして一日10Killくらいでいいかなあ。

 

 むっしゃむっしゃ――。

 うん、あいつの餌もいるし……。

 角猪がドロップした笹をさっそく口に運んでいるパンダへ目を落とす。

 

「パンダさん、また食べ始めましたね」

「一度は満腹になったんだ。その後は俺たちの食事に合わせた方がいいな」


 脳内にメッセージは出ていない。

 パンダが満腹になるまで、だいたい10から15Killくらいだった。

 コレットのウォーミングアップもこれに合わせるかなあ。

 

「今回はわたしが拾ってきますね。笹は……パンダさんが食べちゃいましたけど」

「ありがとう。頼む」


 パンダが食べきれなかった分の笹を回収していると、コレットが遠慮がちに「せっかくですから、ドロップアイテムも回収しませんか?」と提案してきたんだ。

 笹を拾うついでなら手間にもならないし……ということでドロップアイテムも回収することになった。

 

 コレットがドロップ品を回収する姿を眺めつつ、パンダを横目でチラリと見やる。

 もちろん、ぼーっと彼女やパンダを眺めているだけじゃあない。周囲にモンスターがいないか気配を探ることは忘れていない。

 それにしても……このパンダ。ぼーっとしながらついてきているだけだが、どれくらいの強さを持っているんだろう?

 

 あいつは笹を自給自足していた。

 地球のパンダと違って、この世界に竹は自生していない。なので、笹を食べるためには最初にパンダを発見した時のように、モンスターをぶったおさないと笹はゲットできないのだ。

 ずっと狩りを続けていただろうから、それなりに強いとは思うんだよなあ……。

 今はコレットの弓の練習のため、接敵即発射で倒していたからパンダの出る余地がなかった。

 

「まあ、そのうち分かるだろ」


 これまで森で生きてきたから、俺とコレットのスタイルに合わなきゃリリースすればいいだけだし。

 しばし様子を見ようじゃないか。

 

 ん。

 お、おおおお。

 

「コレット。急ぎ移動するぞ」

「え、あ、はい」


 常時稼働しているユーカリサーチに大量のユーカリが引っかかった。

 もう何度も見ている赤い点の集合体だ。こいつは、ベノムウルフが寝そべるユーカリベッドで間違いない。

 俺の予想は正しかったようだな。

 突然ユーカリサーチに引っかかったってことは、今まさにベノムウルフがポップしたってことだ。

 それなのに、ユーカリベッドが既にある。

 つまり、ベノムウルフはユーカリベッドと共にポップするってことだああああ!

 

 素晴らしい。

 ベノムウルフはユーカリの葉をドロップするだけじゃあなく、ポップすると共にユーカリベッドをももたらしてくれる。

 

 となれば、リポップの検証をしないといけねえな。

 リポップするまでの間隔は何日なのか、倒した場所と同じところに出現するのか否か……ってことは最低限調べたい。

 

 ◇◇◇

 

 ベノムウルフはいつもと違って、起きていた。

 ポップしたところだからってことかな?

 でも、大丈夫。敵が単独なら、今となっては恐れる必要なんかない。

 昔の俺とは違うんだよ。ははははは。コレットがいるからな。

 

「コレット、どこに当ててもいい。ベノムウルフに矢を」

「はい」


 真剣な顔で頷きを返すコレット。

 最初の頃はビビりまくっていてどうなることやらと思っていたが、成長したよな。

 

 ベノムウルフを奇襲できる位置まで移動し、コレットに合図を送る。

 ヒューンと矢が飛び、ベノムウルフの目に突き刺さった。

 

 お、おおお。

 精密性も随分あがったな。

 ひょっとして、仕留めたか?

 なんて思いながらも、怒り狂い首を上にあげ咆哮するベノムウルフの頭上から襲い掛かる。

 

 ザクッ――。

 槍で脳天を突かれたベノムウルフは砂と化していく。

 

 よおっし、回収回収。

 ……。

 ……近くに何かいる。

 

 このパターンは良くある。モンスターを倒し油断をしている隙に夜行性のモンスターが寄って来るケースだ。

 こういう時は決まって……。

 

 ほら来た。

 頭はハスキー犬で、全身も犬のように毛むくじゃらだが、体は大柄な人間と似る。

 目はうつろで、青白いぼんやりとした光を放っていた。

 初めて見るモンスターだが、瞳の様子からこいつが生き物ではないことは分かる。

 

「ワイトです」

「コレット。危ないから木の上に。俺も登る」

「はい」


 様子を見に来たコレットと共に、木の幹をスルスルと登った。

 

「お、木を蹴飛ばしたりしてこないな」

「木を揺すっても無駄なことが分かっているからですよ」

 

 しばらく様子を眺めていたが、犬頭のワイトというモンスターは木の下でこちらの様子を窺っているだけだった。

 

「あれってアンデッドの一種なんだよな」

「はいそうです」

「アンデッドって知性がなく、生者をずっと追いかけまわすイメージだったんだけど……」

「人間並みの知性を持つアンデッドもいるにはいるんです。あのワイトのように」

「うーん。それなら交渉の余地もあったりするのかな?」

「どうでしょうか……ワイト相手だと難しいんじゃ……」


 コレットがワイトの特徴を語り始める。

 ワイトは元々人間やそれに類する獣人やドワーフといった知性を持つ者がいくつかの原因があって、ワイトとなる。

 ワイトとなったら、元の考え方から変質し生者を憎む存在に成り果てるそうだ。

 自らの知性は、生者を抹殺するためだけに使う。


「とても迷惑な存在だな……」

「はい……」

「人が死んだらワイトになるのか?」

「いえ、この世に強い未練を持ったりするとゾンビやゴーストになることがあります。ですが、通常、ワイトにはなりません」

「うーん。いくつかの原因があるって言ってたよな」

「はい。『いくつかの原因がある』とコーデックスが」

「いくつかの原因の『いくつか』は分かる?」

「病のようなものであったり、高位のアンデッドによるものだったり……らしいです。それ以上は分かりません」


 うーん。

 ワイトに限らずアンデッドは俺にとって目の上のたんこぶだ。

 何しろ24時間徘徊して、生き物を倒そうとするんだからなあ。

 ユーカリの葉は全部俺のもんだ。奴らには渡さねえ。寝込みを襲われてもたまらんし……。

 

 倒してもユーカリの葉が手に入るわけじゃあないから、気が進まないけど……放置するわけにもいかないか。

 動物学――。

 ワイトの弱点を探るべくスキルを発動させた。

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