ユーカリ30枚目 あとからーついてくるー

「どうしますか?」

「んー。あれって危険なモンスターなのかな?」

「いえ、コーデックスによると主食は笹みたいですので、私達を襲ってくることはないと思います」

「なら放置して、笹クラス狩りに赴こう」

「ま、まだやるんですか……」

「あと少しで100Killだろう? やらねばならぬだろ」

「はいい」


 この世界のパンダも笹しか食べないらしい。

 パンダなら動物でモンスターじゃないから、ユーカリを落とす可能性もない。

 こちらも襲って来ないとなれば、放置がベストだ。

 むやみやたらに殺生を行う気などないからな。

 

 そんなわけで、むっしゃむっしゃと笹を食べているパンダには触れずにこの場を後にした。

 

 ところが……。


「またパンダさんが」

「そうだな……」


 コレットがモンスターを倒すと、パンダが笹を喰う。

 これで三回目だぞ。

 あいつ、俺たちが笹を放置することを学んだんだな。自分で動くよりそら楽だわな……。


「ま、まあいいんじゃないか。笹は要らないし……」

「そ、そうですね」

「あと1で今日は終わりだ。ラスト頼むぜ。コレット」

「はい!」


 ようやく笹モンスター狩りが終わることに安堵したのか、コレットが満面の笑顔を見せた。

 ふふふ。コレットよ。修行が今日だけだと思っているのか?

 なんて悪い事を考えながらユーカリの葉をもしゃり、次のモンスターを探す。


「すぐ近くにいるな。射てー」

「はいいい」


 ――ヒューーン。

 見事、コレットの矢はでっかいネズミみたいなモンスターの頭を貫いた。

 やるじゃないか。百メートル近く距離があったというのに。


「よおおっし。すぐ撤収だ」

「そ、そんなに急がなくても……」

「またあいつが来るだろ。今日はこれで終わりだから」

「な、なるほど。分かりました!」


 コレットも合点がいったところで、移動を始める。

 今日はこれで終わりってことはだな、この後休息を取るってことなのだ。

 「笹を食べられる」と思って俺たちを付け回しているパンダが、「笹よこせやおらああ!」と暴れないとも限らない。 

 まさかそんな暴挙に出るわけがないと思うだろう?

 だが、俺には分かる。

 もし、俺がユーカリの葉を追いかけていたとしよう。期待したユーカリが無かったら?

 もしゃああで、もっしゃああっすよ。

 

「どうしたんですか?」

「何でもない。ユーカリの恨みは恐ろしいってことだ」

「は、はあ……」


 ◇◇◇

 

 ギシギシ……。

 枝が軋む音がして、覚醒する。

 ユーカリをもしゃってコレットと一緒に枝の上で寝ていたというのに。

 チラッと目を開けたら、お日様がまだ照り付けているじゃあないか。葉と葉の間から差し込む木漏れ日が俺の眠気を誘う。

 

「ふああ……まだまだ寝る時間だ」


 明るいうちは寝る。

 コアラと僕のお約束だよ。

 てなわけで俺は寝るのだ。寝るったら寝る。

 

 ギシギシ……。

 しかし、枝の座りが悪いな。

 さっきから、揺れまくってんだが。枝が折れやしないか少し心配になってきた。

 

 コレットを起こさぬよう、彼女の腕をそっと動か……せねえ。

 寝ていたらいつの間にかコレットが俺を抱きしめているんだよなあ。全く、枕じゃないんだぞ俺は。

 しかし、様子を確かめるためには動かねばならぬ。

 何とかして抜け出し、彼女の肩越しに枝の根元を覗き込む。

 

「寝よう」


 何事も無かったのように、すとんと彼女の腕の中に戻る。

 ギシギシ、ギシギシ、ギシギシ。

 

 だあああああ。


「俺は何も見ていない。何も見ていないんだ」

「ふああ……どうしたんですか? コアラさん」


 ブツブツと呟いていたら、コレットが起きてしまった。


「何も見ていない。いいな、俺は知らん」

「な、何なんですか。一体……」


 寝覚めだからか、んーっと両手を伸ばし背筋を逸らすコレット。

 そんなに背筋を逸らすと、あまりよろしくないんだが。

 

「ん、え」


 あらら。見えてしまったか。


「何も見ていない。いいな」

「え、いやでも」


 コレットは今度は体ごと後ろに向け――。

 

「きゃ、きゃあああ!」


 悲鳴をあげた。

 彼女の目線の先には、太い幹から伸びる枝と枝の間に挟まる白と黒のもふもふが船を漕いでいた。


「見てしまったか」


 やれやれだぜ、全く。

 だから見るなって言ったのに。

 

「コアラさん、あれって……」

「気にするな」

「無理ですよお。何でパンダさんがいるんですか!」

「知らん。だが、パンダなら樹上にいても不思議じゃないだろ」

「そ、そうなんですか……?」

「コーデックスに聞いてみろ」


 コレットは素直にこくんと頷き、目を閉じる。

 すぐに目を開いた彼女は、大きな丸い目を力いっぱい開きブルブルと首を振った。

 

「あ、あんな大きいのに樹上生活もできるんですね……」

「大きいといっても人間とそう大差ないだろ」

「人間は樹上生活しません……」

「やろうと思えばできる」

「……そ、そんなことは……枝の上で寝るくらいでしたら」


 そこで迷うとはコレットも慣れてきたもんだ。ははは。

 木の上は安全なのだよ。魔除けの香を使うのもいいけど日中の地上はなかなかデンジャーだからな。

 魔除けの香を使うより、大きな生物が登って来ることができない樹上のがいい。

 

 そのうちキャンプスキルの熟練度が上がったら、ツリーハウスでも作ろう。

 そうすればコレットだって今よりゆっくり休むことができる。

 

「コアラさん、あの子どうするんですか?」


 人がせっかく楽しい妄想に花を咲かせていたら、現実に引き戻されてしまった。

 

「このまま放置したいけど、そうも言ってられないか。起きたし」

「え、えええ?」

「そらまあ、目の前で叫んだら起きるわな」

「す、すいません」

「いや、ここまでされちゃあ、今後も付きまとわれる。この辺で何とかしないとだろ? 丁度いい」


 ひょいっとコレットを飛び越え、目をぱっちりと開いたパンダの前に立つ。


「パンダ。ここには笹なんぞないぞ」

 

 優しく言い聞かせるようにパンダに言ってみたが、何ら反応を返してこない。

 パンダは身動きせずぬぼーっとしたまんまだ。

 襲ってこようとしない点は感心するが、パンダだからお話もできないかあ。


「コアラさんと違ってお喋りしないんですね」

「そらまあ、パンダだしなあ……」

「似たような……いえ、何でもありません」


 こんなやつと似ているものか!

 ぼへええっとしやがってええ。ゴミしか食べないくせに。

 食べるとか考えていたら、自然と手の平にユーカリの葉を出していた。

 

 もしゃ……。

 うめえ。やっぱりユーカリはうめえ。

 

「コアラさん!」

「もしゃもしゃ……ん?」


 パンダが立ったああ。

 どうしたんだ、いきなり二本の足で立つなんて。


「ユーカリはやらんぞ……もしゃ」


 お前なんか笹を喰ってりゃいいんだよ。

 すると、ユーカリの葉を喰えなくて怒り心頭なのか、パンダが腕を振り枝を揺すり始めた。

 

「きゃ、パンダさん。やめてください。落ちちゃいます」

「仕方ねえ。一枚だけだぞ」


 このままコレットが地面に激突したら怪我してしまう。

 断腸の思いでパンダにユーカリの葉を差し出すと――。

 

 ――ペシン。

 と手をはたかれた。

 

 ユーカリの葉がひらひらと宙を舞う。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る