異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います
うみ
ユーカリ1枚目 気が付いたらコアラだった
「五十年に一度の大儀式だというのに……陛下に顔向けできぬ……」
「大臣の責では……」
白昼夢だろうか。
仕事が終わり六畳一間の自室でビールを飲んでいたら、突如視界が切り替わった。そして、目の前にはコスプレをした二人が、俺を見て眉をひそめているんだ。
大臣と呼ばれた方はガイゼル鬚が特徴の壮年の男で、肖像画とかでたまに見るヒラヒラが中央についたシャツと金色で刺繍がなされた派手なジャケットを羽織っていた。
もう一人は、よいしょが上手そうな細い目をした中年の男で、こちらも古めかしい衣装を身にまとっている。
夢なら夢でとっとと覚めて欲しいのだが、さっきから二人が「ぴーぴーがーがー」と
これじゃあもう一度寝るのも難しいじゃねえか。
「あの」
おずおずと二人へ声をかけると、ピタッと彼らの会話が止まる。
「あのお」
再度声をかけると、ようやく二人が再起動してくれた。
「へ、変な生物が喋ったぞ。ピピン」
「は、はい。大臣!」
初対面の俺に対して変とは失礼だな。
平凡な容姿だという自覚はあるけど、一応これでも君達と同じ人間だぞ。
「確かにあなた方から見れば、変な服を着てはいますが……」
あの二人の基準からしたら、ジャージ姿は変に見えるかもしれない。
「お前、服なんぞ着ていないじゃないか」
「そうだそうだ」
え、えええ……いくら部屋の中にいたとはいえ、服くらい着てるわ。
ダ、ダメだ。こいつらとは話にならねえ。
やれやれと額に手をやる。
――もふん。
え?
何、今の感触。まるで柔らかでふさふさしたぬいぐるみに触れたかのような……。
「ほら、何も着ていないだろう?」
大臣がふんぞり返り、ガイゼル鬚を指先でピンと弾く。
一方、ピピンという中年は、いつの間に持ってきたのか背丈ほどある姿鏡を俺に向ける。
そこに映っていたのは――。
もふもふした青みがかった毛皮を持つ生き物だった。
二足歩行こそしているが、足は短く手には爪が生えている。
特徴的な大きな鼻は黒い毛に覆われていた。
この生き物を見たことがある。
コアラだ。
そう、鏡の前に立っていたのはどこをどうみてもコアラだったのだ!
「これ、俺?」
俺の動きに合わせて鏡に映るコアラも自分を指さす。
ま、まさか本当に……。
首を振ったら、コアラも首を振るじゃねえか。
あんまりだ。
夢であったらとっとと覚めて欲しい。
「鏡を見て満足したか? とっとと出て行くがいい。陛下には誠に遺憾ながら術式に失敗した、とご報告にあがるしかないか」
「そうですね。仕方ありません。この奇怪な生物をお見せするよりは……」
待て。
本気で待て。
さっきから勝手なことばっか言いやがって。
「俺はビールを飲んでいた。それが、突然訳も分からずこんなところに来たんだぞ」
「さっきから言っておろう。五十年に一度の大儀式で英雄を呼び出したのだ」
大臣はしっしと手を振りながら、嫌そうに言葉を返す。
「俺?」
「お前ではない! 断じて違う! 英雄とは世界各地に存在する百八の秘宝を探求するに値する、人智を越えた力を持つ者なのだ」
そんな力一杯否定しなくても……。
あれだろ、あれ。
召喚された勇者はとんでもない能力を与えられ、異世界で無双できるんだろ?
それが俺……なわけないか。コアラだし。
しかし、このまま放り出されては叶わん。右も左も分からないところで、裸一貫(文字通り)でどうしろってんだよ。
「そんなことないだろ。召喚されたんだから、素晴らしい能力を持っているはずじゃないか!」
「お前からはまるで力を感じない。そこらの冒険者達とそう変わらないだろう。英雄とは対峙するだけで、余りの威光に膝をついてしまうほどだという」
「い、いや。何か……そうだよ。秘宝を所持しているかもしれないじゃないか」
ゴソゴソと服のポケットをまさぐろうとしたが、服を着ていないからポケットも無い。
……。
なんてこったい!
「大臣、わたくし聞いたことがありますぞ。英雄は『アイテムボックス』なる空間魔法を持っていると」
「ほう。お前も持っているのか?」
そんなことを言われましても……。
アイテムボックスがあるとして、どうやって使うんだ。
どっかにアイテムボックスが備え付けられてているんだろうか。
こう、虚空にコマンドが浮かんできて脳内で選択したら……え?
『コマンド
ステータス
アイテムボックス
……』
うおお。コマンドが脳内に浮かんできたぞお。
焦るな。焦るなよおお。
アイテムボックスと念じると、脳内ウインドウが開く。
『アイテム
ユーカリ 300』
……。
「アイテムボックス、あったよ?」
「ほう。秘宝の一つでも所持していたのかね?」
「これ」
脳内でコマンドを操作すると、手のひらにアイテムが実体化した。
「葉っぱにしか見えんが、伝説の秘宝『世界樹の葉』とでもいうのか?」
「いえいえ、大臣。これはわたくし、見たことがありますぞ」
「ほうほう」
「これは、冒険者達に忌み嫌われる『ゴミ』ですな」
大臣とピピンが顔を見合わせ、二人揃って俺の方へ呆れたように大きなため息をつく。
「ゴミじゃないはずだ! あれだよ。貴重な食材だろ?」
◇◇◇
追い出された。
酷い、あんまりだ。
勝手に召喚しておいて、コアラだからといって放り出すなんて酷すぎる。
「はやく立ち去れ!」
門番の兵士が跳ね橋に向けてシッシと右手を振る。
分かったよ。行けばいいんだろ!
ぷんすかと頬を膨らませながら、跳ね橋を渡り切ったところで後ろを振り返った。
重厚な石造りの塀と幅二メートルほどある堀。高さ三メートルくらいの石壁の向こうには同じく石作りの城が見える。
いつか見返してやる。俺を追い出したことを後悔させてくれるわ……。
ふんと悪態をつき、再び歩き始める俺であった。
城の外側は城下街になっていてそれなりの賑わいを見せていたが、コアラである俺が珍しいのか追いかけまわされそうになってしまう。
争いを好まぬ紳士的な俺は、逃げるように街から外へ脱出する。
決して街の人たちが怖かったからではない。断じて違うのだ。
街からは街道が続いていたが、そんなものは無視に限る。
街道から外れしばらく進むと、人の気配が完全になくなり人の手が一切加わっていない草原が広がっていた。
落ち着いたところで……地面に腰を降ろす。
まずは気持ちを落ち着け、頭の中を整理しねえとな。
――もっしゃもっしゃ。
ユーカリの葉をアイテムボックスから取り出し食事にすることにした。
うめえ。ユーカリうめえ。
こいつは癖になる。
やっぱり気分転換するには食事に限る。
「ふう……」
三枚くらいもしゃったら落ち込んだ気持ちもすっかり吹き飛んでいた。
これからどうやって生活して行くかとか考えることは沢山あるけど、まずは自分のこれまでを振り返るとしよう。
ジャージ姿でビールを飲んでいた。そうしたら突然視界が変わり、変なガイゼル鬚と貧相な中年に嫌味を言われ、追い出された。
追い出された原因は俺がコアラだから。
……。
ひ、酷い。ダメだ。いちいち落ち込んでいてはこれからやっていけねえぞ。
アイテムボックスを出した時、コマンドにステータスとあったな。
大臣は俺の事をたいして強くないと言っていたけど、「そこらの冒険者達とそう変わらない」と表現していた。
つまり、冒険者としてやっていけるくらいの強さはあるってことじゃあないか?
「ステータスチェックだ!」
『名前:
種族:コアラ
レベル:2
スキル:無
魔法:無』
そっかあ。レベルがあるのか、この世界。さすが異世界だなあ。
あああああ。気が遠くなってきたよ……。
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