第2話
2
三つ顔の魔臣は、腕の一つに持つ欧風の剣を振り下ろした。ブウンと風を切る音がして、鋭い斬撃がルカに迫る。一メートル弱とリーチは長く、後ろに飛んでは避けきれない。
即断したルカは左に側転。身を起こすと向きを変え、左足を後ろにやった。素早く身体を倒し、ぐっとベンサォン(押し出すキック)を見舞う。
するとルカの蹴りを、紅蓮の炎が追随した。反応できない魔臣の腹に、炎のキックが命中する。魔臣はぐらりと姿勢を崩すも、返す刀で槍を突き込んできた。ルカはすかさずバク転で距離を取る。
ルカの
「ほー、今のを食らってあの程度のダメージかよ。先が思いやられるぜぇ。手下でこれじゃあ親玉殿はどんな怪物なんだっつの」
なぜかのんきにアギトが感嘆を零した。
(敵に関心している場合?)ルカは呆れつつ、再び攻撃に移るべくジンガを再開する。
だがその瞬間、魔臣が唯一何も持たない手を大きく頭上に掲げた。ぐるぐるとゆっくり二回転させると、両目の赤色がギラリと光を増した。
すぐに口から、不気味で毒々しい低音の唸りが発せられ始める。お経のようではあるが、ルカ達には理解のできない禍々しい言語だった。
「いけない! あれを止めなきゃ!」切羽詰まったハクヤの叫びの直後、頭上の血赤色の星の一つが、魔臣の瞳に呼応するかのように輝いた。
疾風のごとく駆け抜けたハクヤが、魔臣の一歩手前でダンッと踏み込んだ。鉛直上向きに逆足を上げてきて、水平一直線に脚を伸ばす。
ヨプチャチルギ(横蹴り)が魔臣の頭に飛ぶと、わずかに遅れて黒い影も同じ軌道を描いた。魔臣の頭から、ゴガッと鈍い音が二度する。
ハクヤの
とてつもない急加速の後、魔臣の後頭部が地面と激突した。追撃すべく接近するルカは、地に伏す魔臣の邪悪で愉快げな笑みを目にした。
やがて遠くから、大きな物体が空を切る音がし始めた。ルカが視線を遣ると、先ほど鈍く光った星が徐々に大きさを増していっていた。
「こいつ!」焦燥に駆られるルカは、前方に大きく跳躍。左掌を地面について、斜め回転で宙返りする。渾身のアウーシバータ(前方宙返り踵落とし)だった。
しかし、閃光。魔臣に命中する寸前、ルカの視界は鋭い光により白一色に塗りつぶされた。
わずかに遅れて、耳をつんざくような爆音。ルカは凄まじい勢いで吹き飛ばされた。ノーバウンドで円形の部屋の壁に激突し、ガゴッ! 自分の体から聞こえてはいけない異音がした。
「がはっ!」一瞬ルカは呼吸が止まり、受け身も取れずに地面に落下した。全身を鈍い激痛が支配しており、頭にも脈動するかのような違和感が生じていた。
(立たなきゃ。立ってあいつを……)
無理矢理に己を奮い立たせつつ、ルカはどうにか顔を上げた。ハクヤはルカと同様、壁の近くで倒れ伏している。だがルカの視界の端で、一人の男が魔臣と相対していた。
アギトだった。敵意と決意に満ちた表情で、魔臣を鋭く睨んでいる。
大ダメージゆえか若干頼りない動きだが、ゆらゆらとした柔道の構えとともに魔臣を牽制していた。
威嚇するような視線をアギトに向けたかと思うと、魔臣はおもむろにブーメランを振りかぶった。と同時に、別の腕で持つ片手弓を引く。
二つの飛び道具がアギトへと飛来する。しかしアギトは、サイドステップで躱すと一気に魔臣に肉薄した。両手で魔臣の胴を掴むと、斜め上へと持ち上げる。
魔臣の身体は半円の軌道を描き、恐るべき速度で地面にぶつかった。明らかに通常の裏投げが出せる威力ではない。
アギトの
魔臣は、頭から落ちて仰向けで横たわった。
すかさずアギトは魔臣に近づき、巧みにポジションを取った。二の腕を首へと持って行き、逆の手とは握手する形で固定。自らのほうへ魔臣を引いて、全力で首を締め付ける。起死回生の裸締めだった。
六本の腕で魔臣が暴れる。斧や槍がアギトの顔を掠めるが、アギトはひるまない。
五秒、十秒。やがて魔臣の動きが弱まり、完全に意識が落ちた。
敵の気絶を見届けたアギトは、技を解いて立ち上がった。面持ちは苦しげだが、やりきったかのようなすがすがしい雰囲気を漂わせていた。
「アギト様、完・全・勝・利。悪辣なる化け物を完膚なきまで叩きのめしたってやつだ。皆の衆、好きなだけ讃えてもらって構わんぜ」
尊大な調子の勝利宣言とともに、アギトはサムズアップした。
ルカは痛みをこらえてどうにか起き上がった。やがてハクヤも、苦しそうではあるが起立した。
「ほんと助かりました。でもどうやって、さっきの攻撃を凌いだんですか?」ハクヤは興味深げにアギトに問うた。
「おめえらしからぬ質問だな。まあいい、教えてやんよ。答えは簡単。
自慢げなアギトに、ハクヤは瞳を輝かす。
「おお、賢い! そんな利用法もあるんですね。いやー、さすがはアギトさん。冴えてる、冴えてる」
「……IQ180の天才格闘家に言われても、素直に喜べねえな。ってかおめえ、わかってやってんだろ?」
興奮を見せながらどこか軽薄なハクヤに、アギトは言葉を濁した。面持ちは不審げなような、苦々しいものだった。
茶番に辟易のルカは、パンパンと両手を叩いて気を引いた。
「アギトさんはお手柄でした。心の底から感謝してます。ハクヤも、あの追撃は追撃は効果的だった。でもしょーもない言い争いはそこまで。次が『本番』よ」
ルカはびしりと場を閉めると、二人の表情は真剣さの中に沈鬱を混ぜたようなものになった。
進行方向に視線を向けたルカだったが、数秒の後、視界から部屋の壁が消失した。最終決戦の地へと三人は誘われたのだった。
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