第6話
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「ふうむ、なんと趣深い空間なんだ。空間いっぱいに漂う静寂と調和。日本という国の本気を垣間見た気分だね」
手摺に両手を乗せるアキナは、感服したような語調で呟いた。興味深げな瞳を、まっすぐに前方へと向けている。
二人がいる場所は、円山公園内の庭園の欄干橋の上だった。視線の先、二十メートルほど、雄大な
真正面には二階建ての東屋があり、透き通った満月の光を浴びて悠久の佇まいを見せている。
二人はしばし、風景に没頭した。ひんやりとした秋風が吹いて、水面に
一分ほど経っただろうか、神妙な面持ちのアキナが口を開いた。面持ちにはいつになく、憂いの色が見受けられる。
「蓮くんはさ、普通の日本人だよね。やっぱそうゆう仲間がいっぱいいる人って、自分の存在に疑問を抱いたりはしないのかな?」
アキナはぽつりと静謐に言葉を漏らした。前にやったままの眼差しは、依然として静かなものである。
「哲学的というか、考えさせられる質問だな。そりゃあ父さんがいなくなって寂しくて悲しいけど、己の存在をどうこうって感じではないかな。母さんには、すごい良くして貰ってるしさ。……アキナは、何か悩んでたりするのか? だったら言ってくれ。相談に乗るよ」
質問の意図を計り兼ねる蓮は、アキナと調子を合わせて穏やかに返した。リーリーと、遠くから鈴虫の鳴く音色が静けさの中に響き渡る。
「私のお父さんとお母さんね。消えたの」
何気ない調子でとんでもない発言をするアキナに「は? それってどうゆう……」と、呆気に取られた蓮は思わず口走る。
「二人はね、私が生まれた瞬間、突然現れた黒い影に呑まれて消滅したの。私たち神人がこの世界に出現した時の逆回しみたいに突然にさ。私は赤ちゃんだったから記憶はなくて、人から聞いた話なんだけどね」
寂しげなアキナに、蓮は返す言葉が出てこない。
「他の神人はだーれも、私みたいな生まれ方はしてないの。だから私は、異端の中の異端。あなたたちが英雄視したり、時には恐れたりする神人の中でも異質な存在なの。
蓮くんの事件の調査の時に、
投げやりな言葉を切ると、アキナはその場にしゃがみ込んで両手を膝に乗せた。
「だから不安なんだ。自分のルーツが、というか、あまりにも他と異なる自らの在り方がさ」
俯くアキナに、(親が消失?)と、蓮は驚きとともに絶句し続けていた。
だが不意に、にっとアキナは破顔した。いつもの混じりっ気のない笑みだった。すっと立ち上がって身体を左前にし、人差し指をびしりと前に持って行った。
「だから私は戦うの! そりゃあお仕事は辛いよ。警察というより、軍人に近い任務ばっかだからね!
でも私は頑張る! 死ぬ気で頑張る! そんでもって自分の有用性を示して、いろんな人にありがたがられて、私だって神人の仲間だって証明する! 出自の不確かさも吹き飛ばす、絶対に揺らがない居場所を作る! そうしていつか、このどーにもできない孤独を隅から隅まで埋めてみせるよ」
時折見せる芝居がかった口調だが、蓮は空元気を感じてしまう。
「アキナは今、こうして俺と語らっているだろ? 今日だってみんなに大歓迎されてた。射的の景品をあげた子供は大喜びだった。それでもどうにもならないのか? 『孤独』『ひとりぼっち』。誰にどれだけ愛されたって、身を削って作る居場所でしか幸せを感じることができないのかよ?」
やりきれない気持ちの蓮は、思いを率直に吐露した。耳に届く自分の声は、想像以上に悲痛さが籠もっていた。
蓮は悲しかった。「死ぬ気」という洒落にならないほど重い語を用いるほど強い、アキナの孤独が。
蓮はアキナが、苦しい戦場で誰かを助けるという取り柄があるから親しみを感じるのではなかった。誰とでも打ち解けられる朗らかさ、父親の死を悼んでくれる優しさ。アキナ=アフィリエという女の子の全てが愛しく、心から大切だった。
しかし言葉は届かない。どこまでいっても蓮とは別の生き物であるアキナは、蓮の思いを余所にそろそろと口を開く。
「蓮くんはほんとに素敵な人だと思うよ。鴨川沿いで私を守ってくれた時は、とてもとっても嬉しかった。まだちゃんと伝えられてなかったよね。あの時の蓮くん、本当にかっこよかったよ。ありがとう」
親愛の籠もったアキナの告白に、蓮は照れ臭くさのあまり返答ができない。
「でもそういうもろもろとは無関係に、私の中にはどうしても埋めがたいものがあってしまうんだよ」
身体の横に手を戻したアキナは、悲しい調子で言葉を紡いだ。
「なんてね、じょーだん、じょーだん。まあ両親の消えた話と心の隙間の話は、嘘でも何でもないんだけど。湿っぽい話してごめんね。せっかくのお祭りが台無しだよね」
(何が冗談なんだよ。全部事実じゃないかよ)どこまでも寂しげなアキナの言葉に蓮は悲しみを深くする。
「さあて、明日はいよいよ勧告期限だ! 関ヶ原も赤壁も真っ青の、護国輔翼会との天下分け目の決戦だ! 遅れを取るんじゃあないぞ! いや違った。私がばっちり守るから、蓮くんはバルチック艦隊に乗ったつもりでどおーんと構えてなさいな!」
一転元気になり、アキナは有無を言わせず畳みかけた。納得のいかない蓮はふうっと息を吐く。
「ああよろしくな。だけど俺も一人の武人だ。未熟だけど、脚だけは引っ張らないよ」
更なる追及を飲み込んで、蓮は静かに断言した。うんうんと、アキナは愉快げに上下に首を振った。
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