第4話
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「そんなに大きな催し事じゃあないのかと思ってたけど、とっても賑やかで華やかだよね。京都在住の皆々様の並々ならぬ意欲を感じるってやつだね」
木の棒の先端に付いた練り飴を小さな舌で舐めつつ、アキナは真剣な調子で呟いた。おでんの屋台を通り過ぎた蓮の鼻を、甘くも香ばしい香りがくすぐる。
木々の生えた芝生の間の道の両端には、木製の簡素な櫓の天井を布で覆った屋台がずらりと並んでいた。夜の闇をぼんやりと照らす提灯と紅白ののれんのような飾りが、祭り特有の情緒を醸し出している。
お面を売る屋台にはおかめやひょっとこの面が飾られており、道の少し先では、バナナの叩き売りの二人組が発する威勢の良い声がしていた。
和装、洋装、浴衣。思い思いの服を着る装いの人々の顔は一様に明るく、めったにない非日常を堪能している様子だった。
ひょっとこのお面を被った男の子が、アキナのすぐ左を楽しげに走り抜けた。アキナは練り飴と逆の手には、缶詰をぶら下げた針金を握っている。金魚すくいで手に入れた金魚を入れていた。
「店の人に任せたままだと、早死にしちゃう気しかしないんだよ。私が責任を持って、無辜なる金魚さんたちに天寿を全うさせます」
五分ほど前、金魚すくいの屋台を後にしたアキナは、大真面目に蓮に宣言していた。得意げに澄ました顔が何とも可愛らしかった
「京都人にとって祭は誇りをかけた一大事業だからな。まあ今回は厳密には祭とは言えないけどさ。それだけあなたたち神人の存在は、普通の人に取っちゃあ大きいんだよ」
蓮は間を置かずに返答した。縁日の空気に充てられているため、自分の声は予想以上に弾んでいた。
するとアキナは、「むっ」というような、眉を顰めた不満げな面持ちで蓮の顔を覗き込んでくる。緩やかで滑らかな髪が、重力でさらりと下に落ちた。
「いったい何度言ったらわかるんですか。『あなた』だなんて、そんな他人行儀極まりない、一歩離れた呼び方はお断りです、ダメダメです。『アキナ』以外は認めません。アキナ一択ってやつです。はい、私に続いて発音どうぞ。『ア・キ・ナ』」
「ああ、うん。アキナ」
「うむ、よろしい。わかれば良いのだよ」偉ぶったような言葉とともに、アキナはきりっとした顔になった。アキナのペースに巻き込まれて、終始、おどおどの蓮とは対照的な奔放っぷりだった。
「ところでやっぱり蓮くんも、祭大好き京都人? 祭と聞いたら夜も眠れなくなっちゃうお祭男なの?」
小さな舌で練り飴を舐めつつ、アキナは気易い調子で問うてきた。
「ずいぶんと持って回った言い回しだな。でも祭は大好きだよ。小さい頃から祇園祭、時代祭、葵祭だけは毎年参加してるからな」
穏やかな気持ちで語る蓮を、アキナは暖かい笑顔で見つめ続ける。
「でも一番の思い出は、吉田神社の節分祭なんだよな。最後に行ったのが十年前か。父さん母さんに手を引かれて、幻想的な雰囲気の屋台が並ぶ間の道を歩いて。
ああそうだ。何を間違ったか、あの時甘酒を飲んじゃったんだったな。それで母さんは落ち着いてるのに、父さんは『子供が飲んだら毒だ!』って慌てて。ふらふらになりながら『ほんとに僕が大事なんだな』ってなんかおかしくて。……って、あれ」
蓮の右手に、ぽたりと水がこぼれた。すぐに目に手をやると、再び涙で手が濡れた。
(何を泣いてんだよ)
焦りながらうつむくも、蓮の涙は止まらなかった。
するととんっと、左肩に柔らかい手の感触が生じた。ゆっくりと顔を上げると、右手で蓮の肩に触れるアキナが、憂いを帯びた微笑で蓮を見ていた。心の奥底を見透かすような深みのある視線だった。
「泣いたら良いんだよ。いっぱい泣いて、きっちりお父さんにお別れして。それでそこから、緒形蓮の人生の第二章の始まりだ。心配ないよ。私も一緒だからさ」
優しくも力強い声を聞きつつ、蓮は泣き続けた。しかし既にその意味は変わっていた。アキナへの感謝に父親との思い出。様々なものが頭を巡った後、やがて蓮は毅然と顔を上げた。
「ありがとう。もう大丈夫」
お礼に目一杯の慈しみを込めつつ、蓮はアキナをしかと見返した。
するとアキナは、今日一番の大輪の笑顔になって蓮の右手をぐっと握った。
「よーし、完全復活! 行くぞ蓮くん! 宴はまだまだ始まったばっかだ! この程度じゃあ、私の底なしの欲求は満たすことなんてできないんだよ!」
大げさに宣言して、アキナは威勢良く駆け始めた。
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