孤独な奴ら
「浬帆って、どうしてここに来た?」
満天の星空の下。
「駄菓子屋うさぎ」の前で私と焔、兎頭くん、ぺんぎんちゃんの四人は食後のデザートにソルベを食べていた。
兎頭くんとぺんぎんちゃんの二人は時折その口元がのぞいている。……ああいうのを見ちゃうとその上も見たくなる。
「ねえ! 聞いてる!?」
「ああっ! ごめん、何?」
「兎頭が聞いてる!」
「気にすんな。まだ来て間もないし、混乱してるところだろう」
「それで? 何だっけ?」
「どうしてここに来た?」
「どうして……?」
首を捻る私に恒例の説明が始まる。
何でもかんでも故郷と違うここでは知ったかぶりは全く通用しない。
「あーっと……この国の首都が『いらないまち』だってのはもう分かってるよな?」
「あ、そうなのね」
「うん。で、満潮伝説にもあった地上地下大戦争の後、互いの世界を行き来する為の出入り口が閉じられた。地上の者も地下の者もこのまま開け放しておけばどうなってしまうか分からないって事をこの戦争で嫌でも知っちまったからな」
「まあ、そうだよね」
「しかし、だからと言って地上と地下を繋ぐ手段も完全に途絶えた訳では無かった。地下も地上もお互いの相互協力あっての生活を何十年も続けてきた。今更遮断するのは簡単じゃない。故に何かしらの穴は開いており、そこから互いに『自国で必要の無くなった物の交換』という名目の下で細々と交易を続けてきた。――そこから急速に発展したのが先程言った『いらないまち』だ」
「なるほど。要らない、ね」
「そう。そしてその名目が時を経て少しずつ捻くれていき、次第にこちらに送られるのは本当に要らないものに変わっていく。そこには忌み子とかいうものも混じっていたのさ」
「……!」
やっと話が見えた。
ケベック爺さんが言ってた「元来孤独な奴」ってこういう事なんだ。
じゃあ、私は本当に……。
息が、し辛い。
「はーい! ボクはね、ボクはね! 忌み子なんだよ! ほら、これこれ! やっぱこの紋のせいだよねー、たはは!」
「随分明るいな」
「闇の子って感じで、何か格好良くない?」
「ポジティブの化身か」
「兎頭は? ほらほら、言ってみろよー」
「……祠っぽいとこに迷い込んで誤って池に落っこちたんだ。何回も言わせんな、たこ」
「ぺんぎんちゃんは?」
「イケニエ!!」
「わあ、皆様々だねえ! しかもガチで『要らない』のボクだけだ!」
「……敢えてもっかい言わせてもらうが、どうしてそんな明るく言えるんだよ」
「え? 設定が格好良いから」
「もう黙ってろ」
「よし、これで話しやすくなったね」
「いや……もっと話しにくくなったんじゃないか?」
「浬帆はどうしてここに来たんだと思う?」
究極ポジティブ人間、焔が隣に座った。
「……」
無垢な瞳がどうも高圧的に感じられる。
体が震えた。
「ゆっくりで良いよ」
背中に大きな掌が置かれた。
あったかい、な……。
「ぐすん」
「あー! 焔が泣かせた! 女の子を泣かせたー!」
「パワハラだ、パワハラだ!!」
「う、煩い煩い! 変な誤解を与えないでよ!」
「全部事実じゃんか」
「あー聞こえない、聞こえない!!」
「大丈夫! ちょっと感極まっただけ!」
慌てて口喧嘩を制止すると三人の動きがぴたりと止まった。
「……ビンタかましたの」
「「「ビンタ?」」」
「そろそろ文化祭だった。クラスの皆で一つの大きな工作を作って展示することになってたの。皆で分担して、ふざけたり休み時間削ったりしながら少しずつ完成させていった。でも、ある日――」
右手を握り締め、唇を噛んだ。
またあの甲高い笑い声が耳の奥で響いた。
「いつも作業をろくにしないで駄弁ってる子達が腹を抱えて笑った拍子にある子の工作を踏み潰した。軽く悪いって言う位で済ませてすぐにお喋りに戻った」
あの青ざめた子の顔が脳裏をよぎる。
上履きの跡がくっきり残ったその跡を彼女はただ呆然と眺めていた。
「クラスの皆ウンザリしてたの! 自分達が王様にでもなったような気分でクラスについての罵詈雑言は並び立てる癖に、自分達は何もしない。挙げ句の果てにはあの子の工作踏み潰して! 確かに工作の中では小さな方だったけど……不器用なりに頑張ってた! 休み時間殆ど削って……許せなかったの!」
「それで――ビンタか」
「アドレナリン出るとか言うけどさ、まさにそんな感じだった。何にも考えられなくなって、胸の奥で怒りばかりがマグマのように噴き上げて……気付いたらあいつの頰が腫れてたの」
「……」
「こんな事言ったら難だけど凄く清々した。皆頑張ってる所であんな風に笑ってる事をこれを機に恥じれば良いと思った。――やっつけた! とさえ思ったよ」
「……」
「でも違った。私、皆の為にもこんなの許せないって思ったのに、皆はあちら側だった。私の事、ゴミみたいな目で見てきて、皆して『あーあ、やらかした』って目で訴えてきて……もうどうすれば良いのか分かんなくなっちゃったの!」
胸がいっぱいになり、それと同時に涙も零れた。
「皆の善って何なの? 私が結局悪だったって事? 皆眉をしかめるだけで何にもしなかった癖にありがとうじゃなくてやらかしたなんだよね!」
「何でか教えてやろうか?」
私が早口でまくし立てた所に兎頭くんが言った。
「本当にやらかしてるからだよな」
「……」
鼓動が耳元で煩い。
嫌でも呼吸が速くなる。
「悪を許さないその心は理解できるし、素晴らしいとさえ思う。だがな、暴力はやり過ぎだ。もっと違う解決方法はあっただろ」
「……」
「話し合うにしろ、協力者を募るにしろ、何かしらの方法はあったはずだ。そこまで至らなかったにしても自制心を持ってその右手を抑える事ぐらいは出来ただろうが」
「……」
「ここに来た理由が知れるね。座敷童が制裁を加えたって訳だ」
「……!」
「兎頭、そんな言い草――」
「何よ! 何も知らない癖に!! 彼女はいとも簡単に踏み潰したの、あの子の苦労を蟻でも踏み潰すみたいに……!」
「そういう所だよな。別にお前自身の問題でも無い癖に首を突っ込んで話を余計にややこしくしてる。それに、相手がこちらに力を行使したからと言って暴力が許される訳じゃない」
「それじゃあ、黙って指をくわえて見ていろって事? そうなんでしょう!? 泣いてる子を放っといて自分だけ安全圏にいろって、そう言いたいんでしょう!?」
「……それってさ、踏み潰した輩と同じなんじゃねえの」
「は?」
「あんたの考え方も周りにとって厄介だっつってんだよ」
「……!」
思わず息を呑んだ。
他愛もないその言葉が容赦なく心を剔る。
息が、出来ない。
ぐらぐらする。
「良いか、覚えておけ。あんたらの理解の範疇にある『悪』なんてもんはな、どこにもねえんだよ」
「……」
駄目、これ以上は……。
「いつだって誰かの『正義』が誰かの『悪』だ。絶対的な『善』は心を無くさなければ形作れない。『正義』と『悪』はいつだって人間的で不安定だ」
「……」
「ハッキリ言ってやろう。そういう考えの下に繰り出された暴力には何の価値もねぇ。そんなのは緊急、そして最終手段として取っておくべきだ。お前はそのたった一つの暴力で全てを失った。今までそのクラスに君臨していた悪は今、塗り変わった」
「……て」
「そんなのは正義でも何でも無い。見せかけの自尊心が正義という名の皮を被って一人歩きしてるだけだ」
「――め、て……!」
「不幸に酔いしれて自分勝手な思い込みを権力として振りかざしてるだけ――」
「もうやめて!!」
張り詰めた沈黙が間を通り抜けた。
呼吸が荒くなってる。
「何も、何も知らない癖に、何も分かってない癖に! そんな風に言うんだったら兎頭くんが何とかすれば良かったじゃん!」
気まずい……気まずい。
そして悔しい。
ねえ、何が正しいの。
何なのよ……何も分かんないよ。
「兎頭くんは口が達者だもんね!! 軽々論破できるでしょ!」
「んだと!?」
「う、兎頭!」
掴みかかろうとした兎頭くんを慌てて焔が押さえ込む。
「おいテメェ、言って良い事と悪い事位あるだろ! そんなのも分かんねぇのか!」
「だって、だって――!」
そこまで言いかけた瞬間、何か得体の知れない物が喉の奥からせり上がってくる感じがして、ふらっと体が傾いた。
倒れる時ってこんなあっさり倒れるんだな、なんて一方では冷静に考えながら。
「浬帆!」
地面に体を打ちつける寸前の所で焔が抱き留めてくれた。
「浬帆、浬帆しっかり! 大丈夫か?」
「げほっげほげほっ」
口を押さえていた手に粘っこい感触を得た。
驚いて引いて見るとそこには独得の異臭を放つ黒いどろどろがあった。
「ヒッ!」
「陰だ」
「こ、れが? ――ウッ!」
「大丈夫、ボクを頼って良い。まだ出そう?」
喉に次々上がってくる陰が息をせき止める。故郷の嘔吐によく似ている気がする。
気持ち悪さに涙が滲んだ。
「取り敢えず人目のつかない所に行こう」
出来る範囲でガクガク頷く。
「よしよし。ごめん二人共、毛布と何か温かい飲み物を」
二人は黙ってその指示に従った。
「ごめ、ん……ごめん……」
「良いよ、よくある事なんだ」
私の涙ながらの謝罪を彼は優しく受け止めた。
(つづく)
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