兎爺
「「いっただっきまぁす!!」」
「もーらいっ!」
「あっ! 早速俺の肉取るんじゃねぇよ! 返せっ!」
「ばくっ!」
「ああっ! 食いやがったな、こいつ!」
「はふっはふっはふっ! 旨い! 美味である!」
「てえぇめえぇえ!!」
「コラ! もっと静かに食えんのか、てめぇらは!」
相変わらずの大騒ぎだ。持ってるカレーを一滴もこぼさずに喧嘩したり飛び跳ねたりしてる所が流石だと思う。(すぐにケベック爺さんに怒られてたけど)
「……いっつもこうなんですね」
「浬帆さんも分かってきたかしら?」
「ええ、もうツッコむ元気も無いですね」
「ふふ、その様子ならすっかり慣れたわね」
レベッカさんが優しい微笑みを向ける。彼女は何とケベック爺さんの奥さんだった。道理で兎頭くんが従うわけだ。
「所で……」
「何?」
「兎頭くんってあの頭でどうやって食べるんですか?」
「勿論、外すわよ」
それって……あの中を見れるって事!? え、何だろう。凄くわくわくしてきた。
まだ外す気は無さそうだけども。
じー。
その瞬間を見逃すまいとじっと兎頭くんの方を見てたら、彼は不思議そうに首を傾げて鍋を抱えながらこちらに歩み寄ってきた。
「カレー足りないか?」
「え、あ、いや? そういう訳では……」
手と首を思い切りぶるんぶるん振って誤解を解こうとする。
「え? 浬帆、もしかして兎頭に惚れた?」
手と首を思い切りぶるんぶるん振って誤解を解こうとしているところに更に誤解をふっかけてくる焔。
「えっ、違う! そうじゃない、違う違う違う!!」
「そーよ! 兎頭は私の未来の夫なんだから!」
「いつからそうなったんだよ」
奥の扉をぴしゃんと開け、頭を突き出しながら乱入してきたのはぺんぎんちゃん。ませておいでだ。――っていつの間に!? 追っかけかな?
「ねえ! 兎頭、ご飯まだ!?」
「ああ、今持ってく」
そう言って彼はくるりと踵を返し、ぺんぎんちゃんが顔を出した扉の向こうに鍋ごと消えていった。
……え? どういう事?
ぽかんとする私にケベック爺さんが説明する。
「ここで夕飯を食べる時はいつもああさ。動物頭達に所属している人間がその下の素顔を他の奴らに見せるような事は決してしない。人間でない事を周りにアピールする為の最後の足掻きのつもりなんだな。その努力の末に彼らの今の地位がある。……俺らみたいに元から猪ならばこの世界でも生きやすかろうに」
健気だ。
食物連鎖の最高位にいる限りはする事の無かった努力。故郷の人間達はこの生活に耐えられるのだろうか。
「それじゃあ、焔も見た事無いの?」
「ボクはあるよ。こーんな小っちゃいうさちゃんだった時の頃からの付き合いだから――っぐげぼ!?」
スコーンッッ!
ぺらぺら語る焔の頭に遠くから飛んできたスプーンがクリーンヒット。
「ふん」
バタン。
扉が閉まると同時に聞こえるぶっきらぼうな「ふん」。
兎頭くんだった。(流石すぎる)
「ててて、全く乱暴なんだよな……。実話じゃないか。最初はぴーぴー泣いてひよこみたいにボクの後ろをついて回ってたくせに」
そこまで喋って殺意を感じたらしく、焔の手が無意識に守りの態勢に入る。
今回は何も無かったが、下手したら彼の腰のナイフが頸動脈をかき切ったりするのかもしれない。(いや、それは流石に無いか)
「んまあ、もうじき追い抜かれるんだろうし、そうなったら少しはケベック爺さんみたいに大人しくなるんだろうけど」
「……」
そう言ってカッカと笑うけれど、焔の横顔は少し寂しそう。
「ま、でも安心した」
「何が?」
「浬帆が兎頭に惚れてるわけじゃなくって」
「は?」
「だって、浬帆はボクに惚れてるんだろ?」
「あんた懲りないわねー」
一発お見舞いしてやろうかしらとか思って拳を固めた瞬間――。
とんとんとん。
何とも可愛らしいノックの音が聞こえた。
「兎爺だ!」
焔がうきうきしながら立ち上がる。
「兎爺? ――ああ、長老様?」
「そうそう」
「どんな方なの?」
「スフィンクス」
「……」
そうだ、聞いても無駄なんだった。
「開けておくれな」
「はいはい、今開けますよー」
扉の向こうからこれまた可愛らしいお爺ちゃんの声が聞こえる。まったり系なんだろうか。
「はよはよ」
「はいはい」
扉に手をかける。
ガタガタ、ガタ。
「ん?」
開かない。
あれ? さっき来た時は確かに開いてたはずだけど?
「何してる。早く開けてやれ」
「いや、開か――おい、爺さん!!」
「はよ、はよ」
「爺っさん!!」
「カッカッカッ」
「おい、ジジィ! どこにそんな力があるんだよ!!」
「はよ。早う開けておくれ」
「おい、兎頭! ちょっと来て手伝ってくれ!」
「すまん、まだカレー食ってるわ……ん? おかわり? どれ位?」
「兎頭ああぁぁあ!!」
暫く奮闘してたが扉が全然開かない。
ここまで来ると私の手伝いの申し出をプライドが許さない。
面白いのでしばらく見ていた。
――そして。
遂に(!)三十分が経過。
流石の焔も息切れし出した。
「分かった。分かった兎爺」
奥の扉から兎頭くんの首根っこを引っ掴んでずるずる引きずってくる。
その表情に何か闇属性の炎がたぎっている気がする。
「お、おい! 焔、離せ!!」
「今から兎頭と一緒に扉思いっ切り蹴り飛ばすからそこ離れた方が良いよ」
扉の向こうに向かって無表情でそう言う。
「何勝手に俺のこと巻き込んでん――!」
「それか陰の噴射圧で吹っ飛ばしても良いけど、どうする?」
散々じたばた暴れていた兎頭くんだったけど、この低いトーンで一気に硬直した。
こいつ、ガチだ。
「立て」
「はい」
いつもと立場が逆転してる。
彼が怒ったら余程恐いものと見た。
「いくぞ」
肩を組んで息ぴったりに二人して片足を大げさに振り上げる。
兎頭くんは仕方なくって感じだけど、焔のそれには殺意も少なからず混じっている気がする。この扉……下手したら粉砕するんじゃないの?
「三」
狙いを定めて
「二」
蹴破る際の足の位置を一旦確認し(ビリヤードで打ち出すあの白い球に一回キュー(棒)を近付けるイメージね)、再び足を振り上げ
「
体幹をしっかりと保ちながら大きく蹴りを入れ――!!
「力技は嫌いじゃな」
――ようとした所で突然開いた扉に蹴り飛ばそうとした二人の足がすかっと空振る。
「どわわわわっ!!」
二人はあっさり前へとつんのめって盛大にコケた。
「カーカッカッカ! 若いモンはええのぉ」
「じ……ジジィ……」
その背中を悪気もなく橋のようにのそのそと歩いてくる小さな兎のお爺ちゃん。ぺろんと垂れた耳とふさふさの眉毛、二本の離れた前歯が何だか長老っぽい。
この方が、兎爺。(どこがスフィンクス? ああ、垂れた耳の辺り?)
「今日はカレーライスかの?」
「ええ、お手製です」
「うむ、頂くかの。レベッカちゃん、大盛り!」
「はいはい」
故郷の大食いチャンピオンもびっくりな山盛りをもぎゅもぎゅと食べ始める兎爺。
マスターナントカみたいな称号は付いていないのかしら。
「なあなあ、兎爺。食べてるとこ悪いんだけどさ、本が十五冊溜まってんだ。早速だけど見てくんない?」
ぼろぼろの焔が後ろからがしっと抱きつきながら言う。
そうか。こいつは抱き癖(?)もあるのか。
「嫌じゃ! まだ食べておる!」
「そんなの待てないよ! どれも結構大きいんだよ」
「嫌じゃ! わしはカレーを食べに来た! 次回にせい!」
「爺ちゃーん! 次なんていつだよ!」
「知らんわ」
「爺いぃちゃあぁあん、時間ないんだよー」
もう一回怒れば良いのに、もうその元気は無いらしい。
――それなら。
「う、兎爺さん、私からもお願いして良いですか?」
恐る恐る尋ねてみる。
「ン? ほぉ! 焔、このカワイコチャンは誰じゃ」
「爺ちゃん! 駄目だよ、浬帆はボクんだから!」
「そーかそーか、浬帆ちゃんと言うのか」
焔と同じ匂いを感じる。
しかしこの機会を逃してなるものか!
アニメで美少女とか言われる人々の挙動とかを頭の中で必死に再生する。
えっと、小首を傾げて?
両手で、萌え? ポーズとかいうのをして、目を潤ませて?
「え、えっと、う、兎爺様ァ? 私、兎爺様に解読して欲しい、な、ナァ?」
「おえ」
そこの兎(若い方)、煩い。
しかしこれは兎爺にはよく効いた。
デレッデレである。
「仕方ないのぉ、兎爺しゃまがぜぇんぶあっちゅうまに解読しちゃるからな! 待ってなしゃい、浬帆ちゃん!」
「わー! わー! 頼もしいわー! 兎爺様素敵ー!」
「えっへん! おい兎頭、例の本全部持ってこい!」
チョロいものだ。
兎爺が動物頭達のいる部屋に意気揚々と歩いていくのに付いて行こうとしたところ、焔に腕を掴まれた。
「浬帆、浮気はやだからね」
ハラハラという擬音が似合う心配そうな顔ににやっと笑う。
「あんたと付き合った覚えはないわよ」
こっちも手なずけられるかもしれない。
(つづく)
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