第56話 戦争の足音

出撃前の最後の飲み会は大盛り上がり。

ドンドコ秘薬店は、第五の騎士たちに人気の店なのでなおさらだ。

ルシャちゃんお目当てで、みんなプライベートで通っているくらいだし。


僕も秘薬酒をグビッと飲んだ。生きて帰れる保証なんてない。

飲めるうちに飲んでおこう。

「ジング爺さんもスパイスをドンドコ秘薬店から仕入れてますよ。」


「ルシャめ!第五に食い込んできやがったな。

あいつの営業力は半端ねぇな。油断ならん。」


「みんな彼女のファンですからねー。大佐ぁ、早く手を打たないと、若い下士官に取られちゃいますよ。」


「俺に指図するとは……。

ジョイー、オマエいつからそんなに偉くなったぁー?

あー?」

「ち、違いまっ!痛たたっ!ふががぁつっつ!!」


「イチさん!!ジョイさんの顔の形が変わってしまうじゃない!

せっかくカッコいいのに。」


「るしゃ…しゃん…たふけて…。」

「俺に指図するなよー。」

「ふぁい。」


「皆さんそろって、何のお祝いですか?」

「景気づけの飲み会だ。」


「戦争になるって本当?」

「一般市民には言わねぇ。」


「またウエスタに行くの?」

「一般市民には言わねぇ。」


「今回は総力戦だって、みんな言ってるわ。」

「オマエら!!何で勝手に機密情報を漏らしてんだ!?」


「何ででしょうねぇ?ルシャちゃんて話しやすいんですよね。」

「ジョイ!騙されるな!女は怖いぞ!」


「イチさん、どうしてウエスタ方面はいつも不安定なの?」

「貧乏なんだ。金が欲しくて国境で暴れる部族が多い。サウス帝国の圧力も大きいしな。」

「大佐だって機密しゃべってるじゃないですかー。ふががぁつっつ!痛い!」



***



イチにヘッドロックをきめられたジョイさんは、かわいそうなくらい顔が変形していた。


みんながまた戦場に行く。

敵兵を殺しに行く。


ご機嫌に飲んでいる彼らを見ながら、私は不安になる。


みんな帰って来る?

イチは帰って来る?


この人は強いけど、不死身ではない。



「なんだよ、浮かない顔して?」

え?

「トカゲ入ってない酒はどうした?」

「あ……。薬草酒?忘れてた。」

「なんだよ!期待してたのに!」


私の言ったことなんて、忘れているかと思ってた。


「次に来るまでにブレンドしとけよな!」

「ハイハイ!分かりましたー。」


次に来るまでに……。

次はあるの?

イチは生きて、帰って来る?


第五の家族も、敵兵の家族も、こんな風に思っているの?


戦争をなくしたい。

どうすれば無くすことができる?


***


しばらくしたら、第五に納品するスパイスの量が格段に減った。


「みんながウエスタ戦線に出たんだ。」

ご飯を食べてくれる騎士が少ないと、ジングさんも寂しそうだった。


今回の戦闘は前より激しいのかな?

心配でたまらない。

戦場を目の前で見たから。彼らの仕事の過酷さを知ったから。

だからようやく、私はリアルに感じることができる。

戦争は怖くて、愚かだと。


胸が苦しい。


どうして?

みんなに生きていて欲しいから。



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