第8話
首が痛むほど空を見上げた後、私は屋上の周りに張り巡らされている緑色をしたフェンスによじ登った。
お世辞にもあんまりうまく登れたとは言えない。
ゆっくり、ゆっくり。
鈍間で愚図な私はいつだって人の二倍の時間を費やす。
それでもここには誰もそれを咎める人はいないから。
私は初めて自分のリズムを崩すことなく、何かを成し遂げることができた。
私はフェンスに腰かけて、今まで住んでいた世界を見下ろした。
少し向こうに私の家がある。
あれじゃあちっぽけすぎて、ちっともわかりゃあしないよ。
老眼持ちの魔女がそう言うから、そうだねぇなんて同意して、少し笑ってしまった。
ちっぽけだけど、信じられないくらい、醜いんだよ。
この私の羽よりも、ずっと。
心の中で呟いた声はいつになく湿っぽかった。
風が一度強く吹いた。そろそろ潮時だな。
赤味を帯びてきた太陽を見据えてそう思った。
フェンスの上にゆっくりと立つ。
細心の注意を払って二つの足で立つ。
飛び立つときくらいは、華麗に行きたいものだ。
私のこのみすぼらしい羽の、唯一の晴れ舞台なのだから。
上履きの土踏まずに神経を集中させながら、瞳を閉じる。
羽が広がるのが分かった。
次に生きる世界はどうか私に優しくありますように。
もしそんな世界なら、私は喜んでピエロになってもいいよ。
皆を幸せにするの。
晴れやかなバックミュージックに乗って、傷一つない健康な身体で、私はきらびやかな衣装を身にまとい。
皆に、愛されるピエロになるの。
私の羽が大きく振動する。
今まで感じたことがないくらいに大きく。
風が吹く。
その風に乗るようにして、私の羽も、私の足も、大きく前へ。前へ。
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