(7)

 前回ミュゼットがハイオークと戦った時も、彼女は『炎の壁ファイアウォール』で結界を張った。

 だがあの時は、ミュゼットが自分だけの力でハイオークを倒さんがためにしたことで、今はもちろん理由が違う。

 彼女は僕たちを一刻も早くヒルダの元へ向かわせるため、周囲にいるモンスターたちをすべて一人で引き受けようというのだ。

 さすがエリート竜騎士ミュゼット。

 セルジュに激昂しつつも、ちゃんと冷静に状況を見据えて行動している。

 

「おいおいおい、なんだこの炎! なにすんだよてめぇ!」

 

 突然の炎の壁ファイアウォールの出現に、セルジュがわめき立てた。

 その機に乗じて、ミュゼットが振り向き僕に向かって叫んだ。 


「ユウト、ほら、早く先に行って!」

 

「すまない、ミュゼット――行こう、セフィーゼ!」


「だ、だけど……」


「いいからここはミュゼットに任せるんだ。さあ!」


 僕はためらうセフィーゼの手を引っ張って促す。

 すると、セフィーゼがようやく承諾する素振りを見せたので、僕はロムレスに襲われ気を失ったままの幼女を背におぶった。

 この子が足手まといにならないと言ったら嘘になるが、かといってこのままここに放っておくわけにもいかないからだ。


「おい待て! そうはいくかよ!」


 先行しようとする僕たちに向かって、セルジュが怒鳴った。

 

「ディアボロスにベヒモス、あと他の連中もとっとと出て来い!


 セルジュがまたもや口笛を吹くと、森の影に潜んでいた、見るからに恐ろしげなモンスターがぞろぞろ現れた。

 さっき気配で感じた通りの、今までに出会ったことのないハイクラスの敵集団だ。


「おいお前たち、あいつらを足止めするんだ! ――いや殺していい! やっちまえ!!」 


 モンスターたちの群れが、セルジュの命令に従い一斉に突撃してきたた。 

 しかしそこで、ミュゼットの炎の壁が真価を発揮したのだ。


「おっと!! そうはいくかって、それはこっちのセリフだよ」

 

 ミュゼットが軽口を叩きながらも、炎の壁を自在に操り、モンスターの行く手を巧みに阻む。

 と、同時に、炎の向きを変え、うまく道を作り僕たちを森の奥へと誘導してくれた。


「ユウト、今だよ!」


「ありがとう、ミュゼット!」


 その場から去ろうとする僕たちに対し、モンスターは群れを成して背後から襲いかかる。

 が、奴らがどんなに強くても、魔法のプロ中のプロであるミュゼットの炎の壁ファイアウォールを破ることは、そう簡単にはできない。

 特に知能の低い獣系のモンスターはただ猪突猛進するだけで、火傷を負うだけだ。

 結局、僕とセフィーゼはモンスターたちに邪魔されることなく、余裕をもって空き地を走り抜け、再び森の奥に続く道へ入ることができた。


「くそー!! ちくしょー!!」

 

 セルジュのわめき声が聞こえてくる。

 が、それも燃え上がる炎の勢いにかき消され、すぐに消えた。

 おそらく炎の壁ファイアウォールの向こうでは、ミュゼットvsセルジュ&モンスターたちとの戦いがすぐにでも始るはずだ。


 でも大丈夫。

 さっきセフィーゼに言った通り、ミュゼットなら一人で十分戦える――


 と、僕はもちろんそう信じているが、多勢に無勢であるのは事実で、その点若干不安はあった。

 いずれにせよ、今は少しで早くヒルダを打倒しリナを救いだして、すべての決着を付けるのだ。

 それが結果的に、マティアスやミュゼットを救うことになる。


 が、できればその前に、できれば背中の子をどこか安全な場所に保護しておきたいのだが――



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 しかし、この森の中にそんな安全な所などあるはずもなかった。

 やむを得ず幼女をおぶったまましばらく進むと、ヒルダの妖気がいよいよ強くなってきて、いやがうえにも緊迫感が増してきた。

 その時――


「ねえユウト、ちょっと止まって」


 突然セフィーゼが足を止めたので、僕もつられて走るのをやめた。


「どうしたの? どこかに敵がいる?」


「違うの。その子、目が覚めたみたい」


 セフィーゼの言った通りだった。

 僕が顔を後ろに向けると、背中の幼女が目をぱちぱちさせて言った。


「ここは……どこ? ママは……?」


「それは……」


 なんと説明してよいかわからず、言葉に詰まると、セフィーゼがお姉さんっぽく、優しく幼女に語りかけた。


「安心して。私たちはあなたの味方。ママのところにあなたを送ってってあげるから。ねえ、あなたお名前はなんて言うの?」


「エル……エルスぺス。……みんなはエルって呼ぶの」


「エルね。いい名前。それでエルのお家はどっちに行けばいいかわかる?」


 その幼女――エルは首を振った。

 まあ、いきなりこんな森の中で目が覚めても、自分の家がどこにあるなんてたとえ大人でもわかりっこない。

「困ったわね……」と、言ってセフィーゼがため息をつく。

 結局、今はこのエルという女の子を一緒に連れていくしかなさそうだ。


 しかしそれにしても、ヒルダと対決する前にマティスが抜けミュゼット抜け、ここまでパーティーが弱体化してしまうとは――

 これではまったくヒルダの思惑通りの展開で、すでに彼女の掘った陥穽かんせいに落ちかかっているようなものではないか。


 いったいどうしようか、この状態でどうやってヒルダと戦おうかと思案していると――

 セフィーゼが悲鳴に近い声で叫んだ。


「ヘクター!!!」


 セルジュに続いて僕たちの前に現れたのは、イーザの将軍にしてセフィーゼの忠実な臣従、青龍偃月刀を構えたヘクターだった。

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