(9)

 といっても、城壁の上に出ているのは、僕にグリモ男爵、ミュゼット、それに砲台の砲手十数名のみ。

 エリックとトマスを始め、他の守備兵たちは危険を避けるために城内にとどまってもらうことにしたのだ。


「男爵様、いいんですか?」

 僕は男爵に念を押した。

「一応城に到達する前にワイバーンをすべて撃ち落とすつもりですが、こちらもそれなりに危ない――というか下手すれば死にますよ」


「もーユウちゃん、余計な心配しなくていいわよ。みんなが体を張って頑張ってくれているのに、城主であるアタシが隠れているわけにいかないじゃない」 

 

「それはそうかもしれませんが……」


 その心構えは立派だけど、ハイオークと出くわした時の男爵の混乱ぶりを考えると、果たして――?  

 

「なによユウちゃん、その不安げな顔は! ――あ! アレアレ、アレじゃない! 間違いないワイバーンよ!」

 男爵が北の空を指さした。

「思った通り、北の山に岩石を取りに行って戻ってきたんだわ! やったじゃない、まさに砲列の真正面に向かって飛んでくるわよ!」


 青く澄み切った空に浮かんで見える十頭のワイバーンの黒い影。

 その足の爪に大きな岩をがっちり掴んでいるのが、この位置からでも分かった。 


「おーワイバーンども、やっと来たか。ったく、ヤキモキさせやがって!」


 そう大声で叫んだのは、セルジュだった。 

 セルジュの乗るワイバーンは、僕たちが城内にいる間、デュロワ城から少し距離を置いて飛んでいたようだ。

 が、攻撃を再開のタイミングに合わせ、城の上空に舞い戻ってきたのだ。


「おまえらさぁ、ノコノコお城から出てきたはいいけどまさかそのしょぼい砲台でワイバーンを撃つ気なのか?」

 と、セルジュが僕たちを見下ろして言った。

「ばっかじゃねえの。そんなの攻撃で俺のワイバーン軍団を倒せるわけねーだろ」


 しかし本当にふてぶてしいというか、傲慢というか……。

 要するにセルジュはワイバーンの強さを過信し、僕たちを完全に舐めきっている。

 そして、その油断が戦場では時として命取りになるのだ。


「さーワイバーンども、岩をドカドカぶつけて城壁ごとこいつらを粉々にしちまえ!」

 羽をバサッバサッっとはばたかせこちらに近づいてくるワイバーンたちに、セルジュが号令をかける。

「さっきはドラゴがしくじったが、今度はそうはいかねーぞ! なにしろ十匹もいるんだからな。おいクソ白魔法使い! 逃げても隠れても無駄なことをすぐに思い知らせてやるぜ!」


「もー! ほんとムカつく子ね、あの子」

 と、男爵が空を見上げ、顔をしかめる。

「ねえユウちゃん、もういいでしょう? あのこまっしゃくれた男の子、さっさと懲らしめてやらない?」


「待ってください男爵様。もう少し――もう少し引き付けてから」

 僕は男爵をなだめ、ミュゼットの訊いた。

「ミュゼット、そろそろだけど、魔法は大丈夫?」


「もっちろん」

 と、ミュゼットは頭のメイドキャップの位置を直しながら言った。

「戦うメイドさんの準備はいつでもOKだよ!」


 そんな中、みるみるデュロワ城に迫るワイバーン。

 ただ、特大の岩石をひずめにはさんでいるせいか、動きはさっきよりやや鈍い気がした。


 これはラッキー。

 わざわざ狙い撃ちしてくれと言っているようなものだ。

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