(29)

「ヤダ! ユウちゃん声が大きいわよ! いくら壁が厚いからと言って、隣に聞こえちゃったらどーすんのよ」

 と、男爵が青ざめて言う。


「うわわ、すみません」

 

 僕は慌てて小声で謝った。

 といっても、今の男爵の話をそのまま鵜呑みにしたわけでない。

 むしろ、まったく信じられない。


「でも男爵様、いくらなでもそれはないと思いますよ。――うん、ないです、ないです」

 なので僕は、作り笑いをして否定した。

「あるいは衛兵さんが見間違えたのかもしれませんよ。それとも僕をからかって、冗談を言ってるんですか? やだなあ、男爵様もお人が悪い」


「あらま! あのね、ユウちゃん。アタシがそんな悪趣味なウソつくわけないじゃない。もう、見損なわないでよ!」


「はあ、そうですか……」


 男爵の場合、悪趣味というよりお下劣という言葉の方がお似合いな気がする――

 と思ったが、男爵がいつになく真剣な顔をしているので、僕はそれ以上何も言わなかった。


「それにね、衛兵だって決して見間違ったわけじゃないと思うの。だって私のアッチの方のレーダーもビンビン反応しているもの――あの兄妹、デキてるってね」


「いやあ、まさか……」


「そのまさかなのよ! あんなにボロボロだったティルファがいきなり立ち直ることができたのも、恋人でもある兄クロードと再会して身も心も慰められたから――そう考えると合点がいくでしょう?」


 言われてみれば、確かにそうかもしれないが――

 しかし、そんな現実世界のエロマンガのような禁断の関係が本当に存在するのだろうか?

 

「あ! もしかしたら……」

 僕は、ふと思いついたことを口に出した。

「クロード様とティルファ様は義理の兄妹なんじゃないでしょうか? それなら恋愛関係になっても不思議じゃありませんよね?」


「残念ながらそれはないわね」

 が、男爵はにべもなく否定する。

「二人は正真正銘、実の兄と妹よ。ロードラント王国内でも有名な名門貴族ロレーヌ家のご子息、ご息女なんだから間違いないわ」


「そうなんですか……。でも、あの、その――」

 

「あら、何よユウちゃん? その奥歯に物が挟まったような言い方」


「……男爵様は前々からおっしゃってたじゃないですか。恋愛にはどんなタブーもない、老いも若きも男も女も関係ない。自由だからこそ素晴らしいと」


「ええ、それが私の信念」


 と、男爵が揺るぎなくうなずいたので、僕は即、ツッコミを入れた。


「ということはですよ、その理屈でいけば――たとえ実の兄妹が恋仲になったとしても、そこに愛がある以上何の問題も起こらないじゃないんですか?」

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