(23)

 あ、やっぱり……。


 果たしてミュゼットは、逆毛を立てた猫のような状態になってアリスをにらみつけている。

 が、幸いアリスは僕のことしか見ておらず、ミュゼットのその視線にはまったく気づいていない。


 それにしても、ミュゼットの心の内は謎だ。

 命がけだったとはいえ、僕がミュゼットのピンチを救ったのはハイオークと戦った時一度きり。

 ここまでベタ惚れされるようなこと、したつもりはないのに……。


「さあユウト、額を出せ」

 と、アリスが二人の間で板挟みになっている僕に言った。

「これ以上ない栄誉なことなのに、照れることないではないか」


「は、はい。……い、いえ」


 まずい。

 多分ミュゼットはもう我慢の限界。

 この上アリスが僕の額にキスでもしようものなら――


「アリス様、お待ちくださいませ!」


 と、そこでアリスを静止したのはグリモ男爵だった。

 男爵もミュゼットの普通ではない様子に気づたのだ。


「なんだ、グリモ?」


 アリスがなぜ邪魔をするのかと言いたげな顔をして、男爵を見た。


「アリス様、今がまだ戦いの最中だということををお忘れなきよう」


「そんなことは言われずとも分かっている」


「ならば論功行賞ろんこうこうしょうというものは戦いに勝利したあかつきに行うもの、ということも知っておいででしょう?」


「……要するに、今ユウトの功をねぎらい恩賞を沙汰さたするのは早すぎる、と」


「懸命なアリス様、その通りでございますわ。それに今回の戦いで活躍したのはユウちゃんだけではないですもの。もしもユウちゃんだけ特別に扱ったら、他の兵士たちの間に不平不満が広がりかねないですわ。――ねえ、マティアスもそう思うでしょう?」


 かつての恋人に同意を求める男爵。

 それに対しマティアスも、相変わらずのポーカーフェィスで黙ってうなずく。


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