(3)

 そういえば決闘デュエルの間中、レーモンはアリスの言いつけに従い、最後の最後まで戦いに一切手出しをしなかった。


 正式な決闘なのだからそれが当たり前なのだが、レーモンはさぞかし歯がゆかったに違いない。

 でも、だからこそ、アリスの突然の危機に真っ先に飛び出すことができたのだ。


 レーモンはサーベルタイガーの体を組み敷き、右手で首根っこを、左手で胴体をつかんだ。

 柔術の達人のような華麗な動きだ。


 サーベルタイガーは狂ったように暴れるが、どうやってもレーモンの手から逃れることができない。

 

 しかしレーモンは丸腰だ。

 サーベルタイガーの出現があまりに急だったので、武器を取る余裕がなかったのだろう。

 さすがのレーモンも、素手でのみで猛獣を殺せるはずがない。


「アリス様、剣で――」 


 とどめを! と、呼びかけるレーモン。

 が、途中で言葉を詰まらせてしまった。


 これ以上アリスを危ない目に合わせたくない――

 きっとそう思ったのだ。

 確かに動きを封じているとはいえ、こんな猛獣、近寄るだけで危険この上ない。


 そのわずかな気の迷いがレーモンにスキを生んだ。

 サーベルタイガーはその一寸を逃さない。

 首をひねったかと思うと、その巨大な牙をレーモンの腕にガブリと突き立ててしまった。


「ぐぬっ」


 レーモンの顔が苦痛に歪む。

 サーベルタイガーはすかさずレーモンを振り切ろうと、余計に強く暴れ出した。


「このケダモノが!」


 アリスは神剣ルーディスでサーベルタイガーを突き刺そうとするが、激しく動くためうまく狙えない。

 下手をすればレーモンの体まで傷つけかねないからだ。


 ――ならば魔法で!


「アリス様、下がって!」


 僕は走りながら呪文を唱えた。


『スリープ!』



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『スリープ』 


 その名の通り敵一体を短時間眠らせる攻撃補助魔法。

 ボスクラスの敵にはほぼ効かないが、サーベルタイガーのような知能の低い動物系のモンスターには効果が高い。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 果たして魔法を唱え終わるのと同時に、サーベルタイガーはいきなりおとなしくなり、大口を開けレーモンの腕から牙を抜いた。

 そしてその場に這いつくばり、あくびを一つしたかと思うと、まるで縁側で日向ぼっこをしている飼い猫のように、眠たそうに目を閉じてしまった。 


 よかった、成功だ。

 サーベルタイガーは、『スリープ』の魔法によってしばしの眠りについたのだ。


「ユウト、レーモンを頼む!」

 アリスが叫ぶ。


 僕はうなずいてレーモンの腕の傷口を診た。

 強烈に痛いはずだが、レーモンは歯を食いしばって堪えている。


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