(26)
違う、見ているだけではなかった。
すぐそこに倒れているハイオークは、実際に、僕が魔法で殺したのだ。
だが殺したその瞬間は何も感じなかった。
むしろ「やった!」と思った。
――なんてことだ!!
この異世界にこのまま留まり、アリスたちと戦いを続ければ、いつか僕も、ハイオークどころか、生身の人間でさえ平気で殺せるようになってしまうかもしれない。
「どうしたユウト、顔色が悪いぞ」
心配そうにアリスが僕の顔を覗き込む。
「たぶんユウトさんは魔法を使いすぎたのでしょう」
と、リナがアリスに言う。
「そうなのか? ユウト」
「……はい、まあそんなところです」
無理に笑って答える。
この人たちに、僕がいま思ったようなことを言っても、絶対に理解できないだろう。
ここは平和な現実世界とは違う。
殺し殺されるのが当たり前の、異世界の戦場なのだから。
「でも大丈夫です」
と、僕はアリスに言った。
「まだまだやれます」
これ以上考えるのは止めよう。
でないと頭がおかしくなってしまう。
「無理を言ってすまないな、ユウト」
アリスが申し訳なさそうな顔をして言った。
「アリス様が謝られる必要などありません。私は一人でも多くの人を治療したいのです」
人の命を助けるため魔法を使う――
とりあえず、そのことだけは悩む必要がない。
それだけが今の自分にとって、唯一の救いだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
僕が負傷者の治療をあらかた終えたところで、マティアスがアリスに言った。
「さあいつまでもここに留まっているわけにもまいりません。アリス様、お急ぎください」
「その通りだな。よし、行こう!」
アリスがうなずくと、ひらりと白馬にまたがり空に向かって剣を掲げた。
「みんなあと一歩だ。ここを突破し全員生きて帰るぞ」
「オーッ」
兵士たちが一斉に叫ぶ。
「ユウトさん、私たちも行きましょう。もう一度後ろに乗って下さい」
リナが馬上から手を伸ばす。
「でも……」
僕はエリックを見た。
リナのことは心配だが、正直今は、気心の知れたエリックと一緒に行動したい気持ちが強い。
アリスとリナから少し離れて頭を冷やしたいのだ。
だが、エリックは僕の肩を押して、
「ユウト、行けよ。お前の魔法でアリス様とリナ様をお守りしろ」
と、言った。
「ゆくぞ、リナ、ユウト」
アリスがせかす。
これではアリスたちに同行せざるを得ない。
僕は諦めて、渋々リナの馬に乗った。
「マティアスは竜騎士をまとめ、しんがりを務めよ」
アリスがマティアスに命令する。
マティアスは「はっ」と返事をした。
確かに彼らに任せれば、後方は安全だろう。
「全軍進め! 一気に駆け抜けるぞ」
アリスの号令と共に、ロードラント軍は再び進撃を開始した。
このまま包囲を突破し街道に出ればコノート城は近いらしい。
あと一歩、あと一歩でみんな助かる――
つまるところ、ハイオークを殺したことによって僕たちは「流れ」に乗れたのだ。
その事実だけは肯定するしかない。
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