(5)

「なるほど、そんなネットゲームの世界に行ってみたいと……」

 セリカは何度もうなずく。


「あの世界では、確かに僕は回復役ヒーラーとして必要とされていた。それにゲームに夢中になっている間は嫌なことは全部忘れられた。実を言うと、いっそゲームの世界が現実になればいいと思ったこともあるんだ」


「いいわ! それこそ有川君の力を生かせる最高の場所よ」

 セリカは目を輝かせながら言った。

「さて、いよいよ私の力を見せる時が来たというわけね」


「……ほんとに本気なの?」


「もちろん」

 と言って、セリカは椅子に座りなおした。

「でも有川君、あなたまだ迷ってるようね」


「そりゃまあ、ね」


 迷ってる、というより信じてない、と言った方が正しいのだが……。


「じゃあ、もうちょっと詳しく説明してあげる。今から私が有川君を異世界に飛ばしてあげるとして、そこは残念ながらまったく『アナザーデスティニー』と同じ世界、というわけにはいかないの」


「へえ、そうなの」


「……気のない返事ね。まあいいけど。ただし一つはっきりしているのは、その異世界であなたは、ネットゲームで得た通りの力を備えている――つまり回復職ヒーラーとして極めて高い能力をあらかじめ持ってるってこと。どう、なかなか魅力的な環境でしょ?」


「うーん。それって……回復職ヒーラーとしてネトゲの仮想空間に入り、そこで冒険するような感じ?」


「違う違う」

 セリカは首を大きく振って否定した。

「あくまでそこは実在の世界なの。つまりこちら側から見ればそこは異世界でも、向こうでは現実世界。そしてこちらの世界のあなたも、あちらの世界のあなたも本当の有川君なの」


 ……どうも頭が混乱してきた。


 でも、もしも本当に異世界に行ってやり直せるのだったら、それは願ったりかなったりではないか?

 これ以上、この世界で生きていても何の希望は持てないのだから。


「そう心配しないで」

 と、セリカは考え込む僕にやさしく言った。

「私に連絡してくれれば、いつでもこちらの世界に戻れるから」


 なんだ、戻ってこれるのか。

 僕は少し拍子抜けした。

 そういったSF的な異世界って、一度行ったら二度と戻れないってのが相場だと思っていた。


「でもさ、異世界から連絡って……どうすればいいんだよ」


「それは簡単。向こうの世界に行く際、いっしょにスマートホンも転送するから、それで連絡してくれればいいの」


 なんだそりゃ。

 そんなことができるのか? 


「あ、でもね、あっちの世界が気に入ったら、一切こっちに帰ってこなくてもいいんだよ。まあ実際行って向こうで暮らしてみて、その上でどっちの世界に住むか決めたら?」


「……うん、それならいいよ」 


 ずいぶんうまい話だとは思ったが、僕はついコクンと首を縦に振ってしまった。



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