第79話 力の代償

「獣化……え、は!? 獣化!?」


 虎耳は髪の毛を魔力で操って編み、配色は命力と偏光魔法で黒に金丸斑点。毛皮代わりに命力を纏い全身を金色に煌かせた上から偏光魔法で黒の虎模様を施すことで外観も虎獣人に近づける。尻尾は残念ながら黒一色。尻尾状に編み固めた魔力で偏光魔法を発動したものなので黒色にしかならないのだ。

 妙に魔力が溢れて有り余っていたので尻尾は三本生やしてみた。特に意味は無い。

 仕上げに命力を鉤爪状に固めた煌爪を両手両足に生やせば金色に煌めく虎獣人の出来上がり。


 本家本元の獣化と比べたら張り子の虎、屏風の虎も同然の身体強化に過ぎないだろう。実際、命力で身体強化しているだけの状態だし。


 不思議な感覚だ、悪たれ共四人への怒りは少しも冷めていないのに頭の中は落ち着いている。


 目論見通り俺が獣化したと勘違いした悪たれ共はビビり散らして後退りしていた。

 もう一息で心が折れそう。見た目の次は音か?

 全身から静電気魔法を放って放電音で威嚇するのは流石に魔力消費が激し過ぎて魔力が持たない。

 だったら音だけを魔法で再現すればいいだけ。

 

「こ、この音……前より激しくないか!?」

 

 悪たれ共四人の内一人が反応して更にビビる。

 アニメや動画とかで聞いた放電音が鳴るイメージですんなりと魔法は発動した。魔力消費も少なく、音も聞いたことのある効果音の範囲で変更できる。

 放電音に紛れて試してみたが、指鳴り指パッチンの音なんて自分で鳴らすより良い音が鳴った。


「ぐ……くそ! 【禍制動オーバードライブ】!」

「「「【禍制動オーバードライブ】!」」」


 黒い光が彼らから滲み出て身を包む。

 与えられた力はどうやらスキルの類らしい。

 『スキルを授けるスキル』が遠くない未来で俺と敵対する男のスキルか。【次回予告】より使い勝手が良さそうだな。


「ははは、すげぇ! 力が溢れてくる!」

「これなら」「アイツにも」「勝てる!」


 四人の命力や魔力が増えた様子はなく、黒い光も本人達は知覚していないらしい。

 起きた変化は筋肉が少し盛り上がった程度だが、用心として命力で感覚を強化する。


 地面を蹴り急加速し殴り掛かって来る四人の動きを見切って避けるのは簡単だった。

 ニャンチェスターの姉弟をいじめていた時と比べ格段に素早くなっているが、模擬戦時のマシヴさんと比べるまでもなく遅い。

 おまけに連携のレの字も無いからマチヨさん操る土人形の方が数十倍は厄介だったくらいだ。


「バカな、俺達全員の攻撃を避けやがった!?」


 その後も大振りで単調な攻撃が続く。

 

「当たらねぇが反撃できねぇようだな!」


 いや、隙だらけだからな?

 反撃はできないのではなく、しないだけ。

 反撃はいつでもできるが、どうにも四人の様子に異常を感じて躊躇ってしまう。

 動く度に僅かに滲む苦悶の表情、運動量に対して異常な量の発汗。極め付けは四人の身体から何かが千切れる様な、軋む様な音が聞こえる。


 これ以上四人を戦わせるのは不味い。

 そんな予感がして四人に偏光魔法を掛ける。

 

「うわっなんだ!? 何も見えない!?」


 格子状に編まれた魔力で発動した偏光魔法は一切の光を通さない。その偏光魔法で目元を覆えば何も見えなくなる。これで四人は大人しくなると思ったが、大きな間違いだった。

 急に視界を奪われた事に驚いて暴れ始めたのだ。


「おい、落ち着け! ダメだ聞こえてない。やばい同士討ちで大怪我しかねない」


 多少の怪我くらいならお仕置きになるかと考えていたが大怪我まではさせる気は無かった。

 マチヨさんに頼んで拘束魔法を掛けるか? いやダメだ。動けなくはなるがスキルは止まらないかもしれない。意識を奪う必要がある。


「マチヨさん! 三重の拘束魔法を四人に!」

「一度に四人は無理よ? それにソラ君の喧嘩だし手を出すのは……でも様子が少し変ね」


 感覚強化で聴覚まで強化するんじゃなかった。

 四人の筋繊維が断裂していく音が耳に響く。

 いつまでも聞いていたい音じゃない。

 おそらくスキルが暴走したかスキルの反動に身体が耐えられないのだろう。

 スキルも意識するだけで使えるのは【次回予告】のスキルで確認済みだ。

 意識を奪うか気絶させれば使えなくなるか?

 何か方法は——


 身体が壊れていく嫌な音が止まらない……音?


「「「「何も見えない! 誰か灯りを……」」」」


 灯り……あかり——光?

 音と光?


「——あった! アレなら! 念の為、ティアナ達は目を閉じて耳を塞いで!」


 ありったけの魔力を込めて三種類の魔法の発動と解除を同時に行う。

 目を覆う偏光魔法は解除し、悪たれ共四人を包む半球型に偏光魔法を展開。

 そして光を通さない半球内部で点灯魔法の閃光と効果音魔法による爆音の高周波が炸裂する。



「痛ぇょ……」「目が……」「音が……」「……」


 閃光発音筒スタングレネードで気絶するのはゲームの演出だった様で、悪たれ共四人は目か耳を押さえながらのたうち回っている。

 彼らを薄っすらと包む黒い光は消えていない。

 

 静電気で人は気絶するのだろうか。

 兎の魔物——旋兎卯鬼は静電気魔法を首に流すと気絶した。大きさの違う人が相手なら使う魔力量を増やせば可能性はあるか? 最悪死ぬかもだが。


 殴って気絶させる方が確実かもしれない。


 ただ、問題なのは殺さず気絶させる為の力加減が分からないこと。四人の様子を改めて見ると、身体の内側から傷ついてボロボロだ。骨が折れ、内出血している部位も見られる。殴った衝撃に耐えられるとは思えない。


精神拘束魔法アストラル・バインド!」


 赤褐色の光鎖が四人を絡めとると黒い光は消え、意識を失った四人だけが残った。

 

「耐性の無い相手なら一種類で十分なのよソラ君。

様子からして意識無い方が良さそうだから精神拘束魔法にしたけど、正解だったみたいね」


 四人に精神拘束魔法を掛けたマチヨさんは俺の横を通り過ぎ、四人の容態を確認していく。


「これは!? マシヴ! 担架と土人形八体!」

「分かった!」


 マシヴさんが運動場に手をつくと地上を黄土色の光が走り、倒れている四人を持ち上げるように担架と土人形が生えてくる。


「ソラ君、よく反撃しなかったね」


 マチヨさんが傀儡魔法で土人形を操り四人を担架で運んでいくのを眺めていると、マシヴさんが俺の頭を撫でながら話しかけてきた。


「彼らの怪我は君のせいじゃないよ。似た様な症状を昔見た事がある。気に病むことはない。むしろ、良くやったと思う。あれ以上暴れていたら彼らの身は持たなかっただろうからね」


 判断は正しかった……だが結果は伴わなかった。

 怒りを向けていた相手なのに気付けば助けようと思っていたのは何故か。スキルに反動があることを何故知らない。大怪我を負った人間を生で見るのは初めてだ。何故俺はショックを受けている。何故、何故? 何故!? 何故!! どうして?!


「ソラの兄ちゃん。ニャンターレ、大丈夫かな?

 兄ちゃん、泣いてる……」


 いつの間にか寄ってきていたトラグノフに言われ涙が頬を伝っていたのに気付く。


「ニャンター……レ?」

「一番ソラ君に突っかかってた彼の事だよ」


 マシヴさんは俺を撫でるのをやめ、トラグノフを撫でようとして避けられる。


「あ、ごめんなさい」

「いや、いいよ。君達の筋トレはマチヨが見てたんだったね。どうだい筋トレは?」

「キツイけど、ソラの兄ちゃんのに比べたら——」


 マシヴさんとトラグノフは会話しながらジムの方へと歩いて行った。


 涙を流したおかげか少しだけ気持ちが落ち着いてきたが、もうしばらく動けそうにない。何も言わずに手を取って側にいてくれるティアナとウナの存在がありがたかった。





「えっと……どうしよう。黒い光の事聞きたかったのにトラグノフは行っちゃうし、話しかけられそうな雰囲気じゃない」


 動くタイミングを失って佇むニャンチェスターの姉の方、トライパがいたのに気付いて二人が慌てて手を離すまであと三秒。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る