第50話 奥の手

 鍛錬メニューが狩りごっこに変わって二日目。


 特に真新しい進展は無かった。


 全身に纏った命力を一気に圧縮することで成功した、煌式戦闘術の防御力を高める極意『暁』の即時展開ができない。発動には集中を要し、維持できるのは一瞬だけ。狩りごっこ前の準備運動の時には使えても、狩りごっこの最中では無理だった。『暁』を使おうと意識を集中するとティアナの動きに反応出来なくなり、二人を繋いでいる紐に引っ張られて転び不発に終わる。もしくは転んでから『暁』が発動するかのどちらかだ。

 

 逆に、命力を身体の内側へ留め循環させる事で成功した生存力を高める極意『響』は使おうと思えば即時発動ができた。発動状態の維持も意識していれば可能だったが、使い続けているとテンションが上がり冷静でいられなくなる。特に目の前の事しか考えられなくなるのは致命的で、突如迫りくるマシヴさんの太い腕に反応すら出来ずラリアットをくらい狩りごっこが中断されてしまう。

 



 狩りごっこ鍛錬三日目。

 この日も特に進展は無かった。

 強いてあげるのであれば攻守交代までの時間と、『響』を発動中にテンションが上がり過ぎて様子がおかしくなるまでの時間が僅かに伸びたくらい。

 マシヴさんによると、俺は「煌式戦闘術の極意を発動できるだけで習得できた訳で無い」らしい。

 



 四日目。

 今日は鍛錬開始前……よりももっと前、ティアナとウナが起きる前に洗濯をしなければならない。

 異世界召喚されて何故か若返った事で夢精をするようになってしまい、三日おきに二人が起きる前に自分の下着を洗濯している。

 初めは二人が気付く前に洗濯できた事に安堵していたが、こう三日おきに夢精していては気付かれるのも時間の問題ではと不安になる。が、何も解決策が浮かばない。夢精する前に自分で処理できれば良いかもしれないが、鍛錬漬けな日々で常に人が近くにいるのでそんな暇は無い。トイレではそんな気分になれないし、風呂で処理しようにも獣人の嗅覚を誤魔化せる程の後始末をするだけの時間が無い。

 猫系動物に匹敵する嗅覚を持つであろう彼女らには俺が感じとれないレベルの匂いでもバレる可能性が高く、不用意に処理するのは危険なのだ。


 二人が本能レベルで惹かれる程に俺は二人と相性が良いらしく、下手に処理して匂いが残っていると発情した二人に襲われかねない。性的に。

 正直、俺は異世界に来る前から魔法使い予備軍なので性的に襲われる分にはどんと来いだ。俺のコレがアレな時に襲い掛かって来るのであれば、緊張でアレしない心配も無いだろうし。

 まぁ二人の父親が怖いのでそんな状況になる様な真似はしない。できない。夢精した日はいつもより早くマシヴさんが起こしに来るので二人に襲われれば確実にバレる。それに夢精した日は早く起こしに来てくれるおかげでティアナとウナの二人に夢精している事を知られないで済んでいるし、もし二人に性的に襲われそうになってもマシヴさんかタイガさんに防がれる気もする。


 その点に関してマシヴさんに感謝するべきか否かを考えながら自分の下着の洗濯を念入りにやっていると、件の本人が話かけて来た。


「ソラ君、君が洗濯をする原因の事で話がある」

「すいません、マシヴさん。寝てる時の事なんで、自分ではどうにもならないんです」


 結論は謝罪するべき、になった。


「それと、毎回ティアナとウナが起きる前に起こしてくれてありがとうございます」

「まぁ僕も君ぐらいの歳の時に経験したから。親はまだしも同年代の兄弟や好きな娘にはバレたく無いよね。と、そうじゃないんだ。解決法が一つある」


 それってやっぱり……。


「定期的に自分で発散しろって事ですよね?」

「違うよ?」

「ぇ?」


 いや、出さないと溜まるでしょ。


「女性だと禁忌の手段だけど、男なら軽いリスクの手段があるんだ。ソラ君が命力を使えるようになったし、その手段のリスクが問題を解決してくれる」


 リスクが解決策?

 性欲の減退とか……ではないか。それだと女性では禁忌の手段となる理由には薄い。

 性欲がなくても製造はされるだろうし。

 と、なると。


「精力が対価になる手段があると?」

「厳密には違う気がするけど、間違ってないね。

 命力は肉体から生ずるエネルギーでね、肉体の生命力に比例して増えるんだ。例えば筋肉量の増大とかでね。実際に使っているのは余剰分の生命力みたいなモノだから命力が枯渇しても死ぬ事は無いよ」


 命力についての説明が始まった。

 命力は枯渇しても死なないのか。魔力だと枯渇すると気絶するかメチャクチャしんどいらしいけど、命力だけノーリスクな訳無いよな。


「気絶したりしないんですか?」

「気絶はしないけど枯渇していくにつれ、力が入らなくなるよ。最終的に指一本動かせなくなるね。命力の完全枯渇状態は生命維持に必要最低限な生命力しか残ってない状態だからね」


 なるほど減ったのが魔力なら精神的な、命力なら肉体的な疲労が溜まった感じに近いんだろう。

 だとすると霊力の減少は魂魄的な疲労か。いや、自分で考えといてなんだけど意味が分からんな。

 魂魄的な疲労ってなんだよ……魂がすり減るとかそんな感じか? とりあえずエネルギーは枯渇するとしんどいって覚えとけばいいか。当たり前だな。


「そして、基本的に命力が枯渇状態の時に無理して命力を捻り出そうとしても出ない。そんな事をすれば死んじゃうから本能的にできないんだ。命を賭してであれば別だけどね」

「火事場の馬鹿力みたいなもんですか」

「違う。もっと酷いかな。死ぬ直前の命の灯火を激しく燃やして相手を巻き込んで死ぬイメージだね」


 自爆攻撃か。

 

「それで、それが何故……その、アレの解決に繋がるんでしょう?」

「実は命を削る以外に命力を捻り出す方法があるんだよ。人は子をなす事で新たな生命を生み出す事ができる」


 新たな命!? だとすると女性が使うには禁忌とされる理由も分かる。だが、それだと男では使えないはずだ。

 息を呑んでマシヴさんの次の言葉を待つ。


「新たな命を命力へ変えては生き残る意味は無い。それに男では使えない。だが、新たな命になる前の素材だったら?」


 命の素材か……水と炭素に塩や鉄とかの素材じゃなくて、子をなすのに必要な子種の事だよな話の流れ的に。


「なるほどだから精力では厳密には違うと。つまり子種そのものを命力に変換できると」

「より正確に言うと、子種の生命力を命力に変える奥の手だね。代償として生命力を命力に変換された子種は死滅してしまう。その死滅した分は体内に吸収される為、男であればストックされている分から消費する形になるよ」


 確かに、俺が洗濯している原因の生理現象はストックしきれなくなって起きるようなもんだから丁度いいな。


「女性だと数が有限な分生命力の濃度が高く、得られる命力も多くなるよ。けど使い過ぎると子を作れなくなるから禁忌扱いなんだ。だから二人に教えてはダメだよ」

「わ、分かりました」


「ちょっとソラ君! 早く洗濯終わらせないと二人が起きて来るわよ! って、あら? マシヴ、何してるの?」


 洗面所の扉を勢いよく開けて現れたマチヨさんにマシヴさんが事情を説明する。俺はその間に止まっていた洗濯を再開して終わらせる。


「なるほどね。ソラ君、本当に教えちゃダメよ。

 あの娘達が母親になってから伝承する事だから。

 それと、緊張で元気にならなかったからって言い訳に使っちゃダメよ? 命力の残量でバレるわ」


 異世界に行っても男の悩みって変わらない、か。

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