第37話 若返りの代償とその対処

 快感と不快感で目を覚ます。

 何かとても良い夢を見ていた気がするけど、全て吹き飛んだ。

 幸いな事に被害はパンツとパジャマのズボンだけだが……どうしよう。

 

 風の魔法で乾かすか?

 今の俺なら温風だって出せるはず。

 ズボンが乾いても臭いが部屋に充満して、おまけにガビガビになって証拠が残る。


 なら、水を出して洗ってから?

 部屋が水浸しになる。

 水を空中に押し留めておくなんて真似……できたけど、維持するだけで水中に火を点火し続けた時並みに魔力が減ってる。

 洗い終わるまでもたない。よしんばもったとしても乾かすまでは無理。


 万事休す、打つ手なし。

 相変わらず味のしない水だなコレ。


 勢いよく開く扉の音と共に救世主マシヴさんがやってきた。

 同じ男なら理解があるは……ず……そうだった、救世主は破滅があるから現れる。

 救世主マシヴさんの影に隠れた破滅マチヨさんと目が合った。


「ソラ君、窓を開けるから魔法で換気を! マシヴはソラ君を早くお風呂場へ!」


 二人とも救世主だった。

 マチヨさんが窓を開けると同時に、部屋の空気が外に出るように魔法を発動する。タイムラグも予備動作も無しで。

 風の鳴る音を背に聞きながらお姫様抱っこで運ばれていく中考える。


 無動作・無詠唱でタイムラグ無しにする為には、起こる現象を想い描くだけでなく強く求める必要があるのかもしれない。


 部屋を出た瞬間に感じた違和感は遮音結界を通り抜けた時と同じもの。おそらく、音で起こさない為の配慮。ならティアナとウナはまだ寝ているはず。

 

 窓から空気を出す事による屋敷内の気圧変化で、俺の寝ていた部屋へ向けて風が吹いている。

 そのせいで前に抱えられている俺から漂う臭いが顔に向かう為か、息を止めて無音で駆け下りていくマシヴさん。荷物のように脇に抱えないのは垂れるのを避けたいからか。


 考えている内に感謝より申し訳ない気持ちが強くなっていく。ヒト一人抱えて足音すら立てずに駆けている事が気にならぬほどに。


 マシヴさんは洗面所兼脱衣所を素通りし浴室で俺を下ろすと、お礼を言う間もなく浴室を出て戸を閉めた。閉められた戸の向こうで大きく息をする音が聞こえる。


「すいません、ありがとうございます」


「ああ、いいよいいよ。運び甲斐が無いくらい軽かったからね。それより、服と体をしっかり洗って臭いを落とすんだよ。ウナ達が嗅いだら若さを暴走させてしまうかもしれないからね」


 やっぱり臭うのか……俺はだいぶ気にならなくなってきたけど、ネコ科獣人の嗅覚にはキツイのだろう。でも猫みたく人の数万倍までは無いはず、香辛料の効いた料理食べてたし。俺より数段優れた嗅覚なんだろうけど。

 ……あ、だから気付いて部屋に入ってきたのか。

 ちょっと若さを暴走させたティアナ達を見てみたい気もするけど、やめとこう。


「ちょっと早い気もするけど、僕達に孫ができるのは悪くないと思っているよ。でも、片方だけなんて真似は君にはできない。力量的に、たぶん精神的にもね。そうなると君らは旅立つ事が出来なくなる。

 身重の身体で旅をさせる訳にはいかないからね」


 仮に若さを暴走させ、できちゃったとしたら半年後は妊娠六ヶ月。十月十日と聞く期間の後半となると外見からでも妊婦と分かる頃だろう。旅はできない、させられない。

 いや、避妊とかすれば……。


「あ、そうそう。君らは相性が良すぎるから避妊はほぼ間違いなく失敗するよ。好相性な上に若いから百発百中だろうね。間違いなく。それと、あと一年以内に戻ってくる……名前なんだったかな」


「エビ野郎ですか?」


 心当たりがあるのはヤツくらいだが、名前までは覚えてない。確か、エビっぽい名前だったはず。


「そのエビ野郎が戻ってきた時にティアナちゃんが妊娠ないし出産していたら、身勝手な理由で争いをふっかけてくる可能性が高いらしいんだ。僕達は直接面識がないからよく知らないけど、そう聞いているよ。流さなくてもいい血が流れる事になる、と」


 そうか、ここで若き欲望を抑えなければティアナだけでなく未来の我が子も失いかねない。

 だが、耐えられるのか? 正直俺は奥手な方だから俺から手を出す可能性は低いはずだと思いたい。

 でも、彼女達から迫られたら? 据え膳な状況に置かれたら? たぶん耐えるのは無理。

 いや、半年後に旅立てない状況を避ければいいのであれば半年も我慢する必要はないかもしれない。


「まぁでも、安心していいよ。ソラ君にそんな余裕は無いだろうから。マチヨも超活性の魔法を調整して一晩で回復するギリギリの疲労を残すようにしてみると言っていたし、もし今朝みたいな事があっても二人にはバレないように協力するからね」


 ああ……そうだった。父親のいる近くで娘に手を出そうとするなんて愚の骨頂、今は二人を護れるよう強くなる事に集中しなければ。


 とりあえず服を脱いで浴槽に入れる。

 今度は自分の魔法ではなく、魔道具を使って湯船にお湯を入れて服を洗う。

 お湯を溜める間に魔道具のシャワーで身体を念入りに洗っていく。臭いとか言われたく無いし。

 地球の水道と違って魔道具は独立しているのか、湯船にお湯を落としていてもシャワーの水量は変わらないのはありがたい。


「ソラ君、着替え置いておくよ。それと、風の魔法はもう止めて大丈夫だって」


 忘れてた、魔法使いっぱだった。

 部屋で発動していた魔法を止め、湯船のお湯に漬け込んだ下着とパジャマを見下ろす。

 魔法で洗濯機みたいにできねぇかな。


 魔力操作、効果無し。

 風の魔法、水面が揺れるがかき混ざらず。

 水の魔法、水嵩が増えた。


 全部まとめてやってみるか。


「(左手に風! 右手に水を!)」


 少しテンション上がって小声で叫ぶ。

 湯船に突っ込んだ左手から風で、右手から水を出して水流を生み出しかき混ぜる。

 魔力操作で魔力を両手から水流に沿うように動かすと、何かが繋がったような感覚があった。

 魔力操作と水流の動きが連動リンクする。

 水流のおかげで動きのイメージがしやすい。

 洗濯機のイメージで……イメージで……家のヤツがドラム式だったせいか縦回転に混ざってるけど、大丈夫かな。

 不安だったので逆縦回転、横回転左右、八の字に乱回転を織り交ぜて洗濯していく。

 身体が冷えてきたので、用意されていた服に着替えて戻る。

 着替えている間は魔法は遠隔操作している事になるが、操作難度が跳ね上がり横回転くらいしか出来なかった。

 再び腕を突っ込み乱回転を試みるが上手くいかない。もう一度魔力を流してやると繋がる感覚があり操作難度が緩和される。

 あ、洗剤入れてない。


「服も……着てるわね。ソラ君、浴槽に腕を突っ込んでキョロキョロしてどうしたの?」


 いつの間にか背後にマチヨさんが立っていた。


「あ、マチヨさん洗濯用の洗剤ってありませんか」


「ああ、そうゆうこと。

 はい、コレ。手を離せそうになさそうね」


 そう言ってマチヨさんは手にした粉系洗剤を投入してくれた。風の魔法も使っているからか泡立ちがすごい……洗濯物がどこにあるか見えない。


「えらい泡立ちがいいわね。水と風で水流を作って魔力操作でかき混ぜている、か。ソラ君はドンドン便利になるわね」


 否定できない。電子レンジとテレビ類以外の家電なら魔法で代替できそうだし。あ、冷蔵庫は難しいかもしれない。


 その後は何度か水を替えながら洗濯を続け、泡が出なくなったあたりで止める。

 適当に絞ってから温風を当てて乾かす。

 臭いは……しない、か? 振り向いてマチヨさんを見ると頷いているから大丈夫っぽい。

 後は、ティアナとウナに見つからないように干すだけだ。


「あれ? ソラ、お風呂で何やってるの?」

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