続・ある青年
前回、美貌の青年がイタリア料理を作ってくれた話を書いた。
今回はこのエッセイ集初の続編で、前回の続きを書いてみたいと思う。
今週末(これをアップする頃には先週末ということになってるだろうが)、青年が遊びに来てくれた。というか、うちの子供が連れてきたのだが。
例によって、家にあった、賞味期限ギリギリの海老と帆立とイカを使って、夕食にめちゃくちゃ美味しいパスタを作ってくれた。
私の好みの味付けで、ちょっと硬めの麺も、クリームたっぷりのソースも、コクのある味わいも、実に満足だった。
妻も喜んでいた。
食後、ちょっとワインを飲んでいたせいで、私と妻と息子と青年と、4人で色々と話が弾んだ。
やはり若い人たちと話すのは楽しいものだ。
その時、青年はこんなことを言っていた。
「私はイタリア料理を作るけど、本当の意味でイタリア料理を作ってるとは言えないと思います。そりゃ、好きだし、美味しいと思うし、自分の好みに合ってるけど、イタリア料理を作ってるというのは、イタリアに行き、そこの街を歩き、人々と関わり、色々な些末な出来事を体験して、初めてイタリア料理を作っていると言えると思うんです」
私は青年のこの言葉に、またまた感動した。どうしてこの青年は若くしてこういうことがわかるのだろう。
彼は実は2年間、フランスに留学していたそうだ。
1年はナントという町に、もう1年はちょっと忘れたが、彼がいうにはこういうことだ。
「私は、言葉の壁も、文化の壁も、結局乗り越えられませんでした。もしそれができていたら、日本に帰ってこなかったかもしれません」
そしてこう付け加えた。
「私が1番苦手なのは、1週間か2週間、その国を旅行して、その国を分かったような気になっている人たちです。一体彼らに何が分かったというのでしょう。そんなんで、文化というものを理解できるなら……」
私はまたまたこの青年を好きになった。なんと何事に関してもよく物事を理解した青年なのだろうと、改めて思ったのだ。
私も、ちょっと海外に旅行して、随分とその国を知ったような気になってる人々を沢山みてきた。それが相当浅はかなことだということは、32年以上日本に住んで、やっとここまで日本を知った妻を見れば一目瞭然だ。
この言葉には、妻もいたく感激したに違いない。
私も妻も、またこの青年を一層好きになったのであった。
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