ex 知らない表情

 たった二か月と少しの付き合いだ。

 深い仲になった今でも、瀬戸栄治という人間の全てを知っている訳ではない。

 だけどそれでも、良く分かっていたつもりで。

 少なくとも彼がどういう時にどう動くか。どういう表情を浮かべるかなんて事は良くわかっていたつもりで。


 だけど……こんなのは知らない。


 ルミアと対峙するエイジが浮かべた無表情に程近い表情。

 どこか振り切れたような、重く暗く冷たい表情。


 そんな表情を浮かべるエイジを見るのは初めてだった。


 そこに一体どんな感情が込められているのかは分からないけれど。

 それが瀬戸栄治という人間に浮かべさせてはいけない表情である事は、どこか本能的に理解できて。


 だからこそ、今のエイジにこんな言葉を掛けてはいけない事は分かって。


「エイ……ジ、さん……」


 それでも怖くて。縋りたくて。止まれなくて。


「……たす、けて」


 そんな言葉が溢れ出た。

 溢れ出てしまった。




 そこまでだった。

 色々と抑えが効いていたのは。

 きっとまだ冷静に抑えられていたのは。


 それが伝わってきて、ようやく理解できた。


 彼の内側に宿した感情が、怒りなどを通り越した殺意である事が。


「……殺してやる」


 その殺意は乗せられる。

 混じりけの無い強い意志を感じさせる、静かな声音で。

 エイジの口から絶対に聞くことの無いと思っていた、そんな言葉に。

 言わせてはいけなかった、そんな言葉に。


 そして次の瞬間、自身の姿が日本刀へと変化する。

 いつもの感覚だ。

 そこまではいつもの感覚。

 だけどそこまでだ。


 エイジが刀身に切断能力を付与させた。


(……ッ!?)


 それは彼にとって禁忌に等しい行為だった筈だ。

 踏み込んではいけなかった領域だった筈だ。

 今までいついかなる時も、そこに手を伸ばした事はなくて。

 これから先も伸ばさせてはいけないと思っていた。


『……ッ』


 止めなければならない。

 自分が人間を殺すのは別に良い。

 だけどエイジは。

 エイジにだけはやらせては駄目だ。

 それだけは絶対に止めなければならない。

 勝てる勝てない以前に、その行為だけは。


 だけどそれでも……止められない。


 弱い自分が、殺人に手を染めようとしている彼にしがみ付いて。

 縋り付いて離れない。




 故に開戦する。



 白の刻印を刻む霊装持ちと黒の刻印を刻む霊装持ちの戦いが。


 

 瀬戸栄治という人間にとって初めての殺し合いが。

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