61 演じる悪党
「命が惜しかったら……ちょっと待て、シオンお前……本気なのか?」
「ボクを殺しに来た人がよく言うよ……言える立場じゃないだろうキミは。とりあえずエイジ君。回復術はもう止めていい」
「……ああ」
そしてグランへの回復術を止めた後、シオンは俺とレベッカに一瞬視線を向けてから言う。
「で、本気かどうかって話だったかい?」
「……」
無言のグランに、酷く冷めた様な視線を向けてシオンは言う。
「第一仮に僕が本気じゃなかったとしても……僕の両隣に居るのは精霊と、国際的に指名手配されているテロリストだよ? そんな彼らが自分達を半殺しにした相手を殺さない訳がないだろう」
「……ッ」
それはどうやら相当精神的に堪える事だったらしい。
特に俺の方に畏怖の視線を向けられる。
まあ当然と言えば当然なのかもしれない。
確かにレベッカは精霊だから人間を殺す事に躊躇はないかもしれないけれど、それでもそもそもこの場で俺やシオンの味方をしているのが理解できない程おかしい状況なのは間違いなくて。
そしてそれを無理矢理理解しようとすれば、多分シオンが何かをしているという風にとでも解釈できるのかも知れない。
……シオン程の研究者ならば、自分の利益の為に精霊をドール化せずに使役する技術などを持っていてもおかしくないから。そして寧ろそうでもなければこの状況はきっと説明できないから。
それだけ精霊と人間が協力関係にあるというのはこの世界で異質な事だから。あり得ない事だから。
だとすれば、シオンが本気でなければレベッカが殺す様な事は無い。
そう思ったっておかしくはない。
実際それに近い事を考えているから、俺に対し畏怖の視線が向けられているのだろう。
俺は当たり前に殺しにくるとでも思われているだろうから。
なにせ俺はどう考えても理解できない様な大犯罪を犯した頭のおかしいテロリストで、精霊ではない俺は当然シオンの自我とはかけ離れて俺の意思で動くのだから。
だから端からみれば、簡単に人を殺すとでも思われているのかもしれない俺は、グランにそんな視線を向けられて当然という訳だ。
……テロリストという最悪なレッテルが、此処にきて役に立った訳だ。
そして駄目押しで俺は言う。
「……とにかく殺されたくなかったら、俺達の言う事を聞け。分かったか?」
当然殺す意思など。殺す覚悟なんて持ち合わせていないから。その言葉は割と軽い物になってしまったのかもしれないけれど、それでも状況とこれまで積み上げてきてしまった物が功を征した。
「……な、何をすりゃいい」
グランは焦った表情でそう言ってくる。
そしてそんなグランに対しシオンは言った。
「じゃあ……とにかくキミの回復術で僕達を治療しろ。言っておくけど妙な真似をしたらそれまでだ」
「……」
シオンの言葉にグランは静かに頷いた。
もはや妙な真似なんてできる訳がないだろうというのがひしひしと伝わってくる様な、そんな表情で。
……まあ、とにかく。あまりこういう立場でのこういう演技をするのは良い気分では無かったけれど、それでもどうやらうまくいったようだ。
これで俺達の傷は治せる。
「……で、誰からだ」
一応こうなってしまった以上、真面目に治してくれるつもりなのだろう。グランは俺達に聞いてくる。
「……レベッカ。お前からでどうだ? 傷ひでえだろ?」
「……いや、どう考えてもアンタ一択でしょ」
「それに関しては僕もそう思うよ。キミの場合……まだそこに意識があって当たり前の様に会話している方がおかしい様な、そんな怪我なんだから」
「……じゃあお言葉に甘えて」
そして俺はグランの前に座りこむ。
「じゃあお前が散々ボコボコにしてくれた傷、全部治してもらうぜ」
「……クソ、なんで生きてんだよお前は。化物か」
「なんとでも言えよ……とにかく、さっさとしろ」
正直本当に早くしてほしかった。
シオンの言う通り、本来意識があって当たり前の様に会話をしているのがおかしい様な怪我だから。
意識は常時朦朧としている。気を抜けば落ちる。
だから早く治して万全な状態へと戻る。
ちゃんとエルを助けに行けるような、そんな状態に。
そしてレベッカがいつでもグランを殺せるようにという風に、手のひらをグランの頭部に向けながら、まずは俺の治療が始まった。
そしてそこから先、この治療に関しては特に語るべき事は無い。
俺が終ったらレベッカとポジションチェンジ。そして最後にシオンを完治させる。
そんな風に俺達の怪我は割とスムーズに治療される事になった。
それだけスムーズに進む位には、進ませざるを得ない位には。俺達はグランにとって相当ヤバい奴らという風に映っているという事なのだろう。
本当に必死にならないと命を奪われる様な。そんな相手。
まあ実際にそれは間違っていない。
……少なくとも俺は奪うつもりなんてないけど。
レベッカは既にこの場で二人殺してしまっているのだから。
だからその感情を向けるべき相手が違うのかもしれないけれど……その感情そのものは間違っていない。
できればそうであってはほしくないのだけれど、実際にそれは起きてしまっている事なのだから。
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