ex 共闘開始

(……頼むぞ)


 シオン・クロウリーはその手で術式を構築しながら、心中でそう懇願する。

 種は撒いた。

 やれる事はやった。

 だけどそれが実るのには少しばかり時間が掛かる。

 力を発動し、この辺り近辺を覆う様に展開。そして発動し効果が十分に発揮されるのを待つ。

 これだけのプロセスを熟すのには相当の時間が掛かる。手探りでここまで進んできた技法では今の速度が限界。


  ……だから今のこの緩やかな打開策が実るまで、レベッカには耐えてもらわなければならない。

 少なくとももうあちらに力のリソースは割けない。


「シオン! 来るぞ!」


「了解!」


 エイジの言葉にそう返した瞬間、木々の間から三節混を手にした男が跳び出してきた。

 その男は……シオンを先の戦いで敗走に追い込んだ相手の一人。


「よぉ、シオン・クロウリー……それにテロリストの兄ちゃん」


「……グラン。キミが来たか」


「ほーお前、俺の名前を知ってんのか。こりゃ光栄だな」


 そう言って目の前の研究者の男、グランは胸を張る。


(……ああ、知ってるとも)


 シオンの対人間の記憶の中で、割とどうでもいいカテゴリに確かに分類されている。

 どうでもいいではなく割とという前置きが一応入るのも、グランが一応精霊学の研究者だからというだけに過ぎない。自らが専攻していた分野と同じ道を志していた相手というだけに過ぎない。

 その実力は大した事は無い。

 対した研究成果も上げておらず、精霊術の扱いに特別長けている訳でもない。

 自分やルミア。その他覚えておくべき研究者として記憶している連中とは比べものにならない程の低レベルな相手。


 ……だけど今はその相手に一方的にやられる可能性が99%。

 ルミアがエルの武器化からヒントを作って作成した、武器化した精霊、霊装はそれだけ理不尽な力を持っている。


「……で、なんだい。僕を殺せってルミアに命令でもされたか?」


 ……シオンは既に答えが出ている問いを投げかける。

 これが今、精霊術を使うよりも。精霊術ではない別の力を使うよりも有効な手段だ。


「察しがいいじゃねえか。とりあえずお前はもう不要だそうだ。だから俺達はお前を潰しに来た。一度ならず二度までもキチガイ染みた真似したお前をな」


 そしてグランは構えを取る。


「流石にお前は憲兵には手に負えねえ。責任もって俺達が潰す」


(……よし、乗っかってきた)


 シオンは心中で安堵する。

 グランが対話に応じた。これはあまりにも大きな進展だ。

 別に会話で説得をし、仲間に取り入れようという訳では無い。

 許しを請おうという訳ではない。

 そんな事はどう考えたってできる訳がないし、形の上だけでも精霊を蹂躪しいている連中に屈するのは極力したくない。

 ……そういう事ではない。


「僕はルミアの研究所に殴りこんで、そして逃げだした。キミ達の位置を割り出して迎撃に乗りだした。これはもう正当防衛の域を超えていないかい?」


「当然、憲兵には俺達が追うという話をしてある。それがまかり通る程、ウチの主任の株は高く、そしてお前が危険視されてんだよ」


「……ま、そういう事だろうね」


 言いながら、次の言葉を必死になって絞り出す。

 

(考えろ……会話を繋げ……ッ)


 今のシオンにとって最も重要視するべき事は何か。


 それは自分達の戦力の核である、レベッカが無事帰還するまで耐え忍ぶ事である。

 つまりだ。


 戦闘が始まるのが一分一秒でも遅れれば、それだけ自分達がその時まで立っている可能性が上がる。

 小細工でも卑怯でもなんでもいい。勝てばいい。勝てさえすればそれでいいんだ。


 だから、真っ当な戦いは極力しない。


 一分一秒でも繋いでみせる。


「それで、キミ一人か」


「三人だったが二人になった。んで、一人は精霊を追撃中だ。あの精霊……お前の差し金だろ」


 なにせ、とグランはエイジに視線を向ける。


「そこのテロリストと一緒に現れやがったからなぁ。お前らがグルならそういう事だろ」


「だとすればどうする?」


「どうもしねえよ。目的は変わらねえ。さっさとお前ら潰してアインの加勢に行く」


「……アイン、か。彼が来てるのか」


 最悪だ、とシオンは思う。

 グランが割とどうでもいい存在だとするならば、アインはそれより遥か格上。記憶しておくべき相手だ。

 自分やルミア、グランと同じく精霊学の研究者。

 自分やルミアと比べると一段程研究者としての格は落ちるが、それでも一段。たかだか一段だ。

 精霊や精霊術の知識。その運用技術や発想力は一般人やグランの様な並の研究者とは比べものにならない。

 そして自分が二年間研究から遠ざかっている間に、ルミアがかつてとは比べものにならない程の成長を遂げた様に、今彼がどれだけの知識や技術料を持っているかは計り知れない。

 こうしてルミアの元に居るのなら尚更だ。


 そんな相手が霊装を手にしている。

 そして。


「ああ。アイツは凄いぞ。なにせ化物染みた強さの主任の研究成果の試し打ちに付き合ってきたからな」


 襲撃の警戒という直接的な戦闘からかけ離れた技術は乏しくても、一度戦闘に入ってからの戦闘経験は化物相手に豊富に得ている。

 つまりは考える限りルミアの次に最悪な相手がこの場に来ているという事になる。


(……これはもしかすると、あの力に即効性があっても厳しいかもしれない)


 だけど今更何かできる訳では無い。

 向こうは彼女に託したのだ。


 だから向こうの事は一旦思考から外せ。

 何せ目の前のグランは片手間でどうこうできる相手ではなくなっているのだから。


 レベッカの事を考えると、無くなった筈の左腕が疼くのだから。


 だから……切り返ろ。


「それよりお前、どうしてテロリストと一緒にいる。そこまで堕ちたか?」


「考えてみれば分からないかい。僕も彼も、自分の精霊をルミアに持っていかれているんだ。結果的に共闘になった。それだけだ」


「……ほんと、理解できねえな。どっちも態々死にに来てよぉ」


「……ッ」


 空気が変わったのが分かった。

 流石に理解できる。

 此処までだ。

 会話で繋げたのはこれまで。

 もうグランは戦う為の呼吸を始めている。


「とにかくお前ら二人ともぶっ殺すわ。あーでもテロリストの兄ちゃんの方はそういう話になってねえけど……まあ、いいだろ。どの道やべえ犯罪者だ……とりあえずお前から」


 視線がエイジの方を向く。

 静かな怒りを込めて。


「よくも不意打ちかましてくれやがったな。アイツ先月結婚したばっかなんだぞ」


 そして勢いよくエイジ目掛けて急接近する。

 圧倒的な出力の暴力。

 ……そして。


「知るかよそんな事」


 エイジは。エルを武器に変えていない筈のエイジが。


 グランの三節混の一撃を左腕で捌いた。

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