ex 抉る言葉

「別に私達は何も企んでなんていませんよ」


 自分にも疑いの目が向けられている。

 だがしかしその状況でエルが取り乱すような事は無かった。

 正直に言ってだからどうしたという感じである。


 寧ろ今までエイジにだけ疑いの目が向けられていて、エルに対しては利用されているだの洗脳されているだの、あくまで被害者という目線をだけが向けられていた方が違和感があったのだ。

 精霊が人間を利用する。もしくは共に暗躍する。人間への嫌悪感が強すぎるが故に気付かないだけで、そういった可能性は、人間が精霊をちゃんとまともに扱って利用しているのと同じ位には可能性のある話だから。

 ……だから今更狼狽えない。そういう目線がいずれ向けられる事も分かっていたから。

 そして。


「私達はただ二人で生き残るために動いていた。そしたらただこの場に辿りついた。それだけです」


 そもそもそういう目線を向けられた方が口論がしやすい。

 だってその場合自分のいる場所は一歩後ろではない。もっとも近い位置で、エイジに向けられるヘイトに真っ向からぶつかれるのだから。

 ……下手に被害者の様に扱われるよりは戦いやすい。

 だがしかし、そこから先に続いた言葉はエルが思っていたものとは随分と違うものだった。


「ああ。それはそうだろうよ。普通に考えて精霊と人間が一緒に行動してるって時点でお前ら二人はある意味まともな関係を築いてんだろ。それは否定しない」


 肯定された。否定されなかった。

 此処に辿りついた目的を、精霊に害をもたらす為になどではなく普通に認められたのだ。

 ……だとすれば一体この精霊は何故自分達に突っかかってきているのだろうか?

 その答えは、すぐに分かった。


「だがお前らはこの場所の存在を知って何かに利用してやろうと企んでるんじゃないか? そこのハスカ達を助けた時もそうだったんだろ。そうする事にお前らに何か利益を齎す事があったから助けた。あの人間も……それにつき従うお前も、何かを企んで此処にいるんだ。そうだろ!」


 言い掛かりもいいところだった。

 言ってることは何の根拠もない無茶苦茶な事で、ただ酷く偏った感情論を叩きつけられている様なそんな感じで。

 見かねた様にレベッカが間に入って止めに入ってくれた。


「ちょっとルナリア。いくら何でも根拠もなしに決めつけすぎよ!」


「人間と、人間と一緒にいる精霊だ。根拠なんてそれで十分だろ。そんな事に根拠を求めるお前らの方がおかしいんだ」


「……」


 言いたい事は分かる。

 確かにきっと精霊が見せる反応としてはそれが正解で。この世界における人間という存在は、そんな根拠もなしに無茶苦茶な事を言われても仕方がない存在だ。

 そして知ってる。

 こういう当たり前の思考でいる精霊が、まともな人間の事をまともに見るというズレた思考に変わるにはそれ相応の何かが必要なのだ。

 自分やハスカ達の様に助けられたり……そうした精霊の影響を受けたり。

 そして後者で全く変わっていない以上、もはやそういう強烈な何かが起きない限りは何も変わらない。解決しない。する訳がない。


 ……だから考えを正すような口論に臨むつもりはなかった。


 結果的に今こうして手を出されずに済んでいるように、エイジを困惑しながらも受け入れているこの状況に反発しながらも合わせている今の状態のまま。睨みを効かせるだけで済んでいる今の状態のまま。ここから先もやっていけるような、そういう解決とは言えないけども落とし所としては十分な現状維持、そんな結果にできればいいと、そう思っていた。


 そう思って、何かうまく話を打ち切る言葉を探そうとした、その時だった。


「それに、根拠はある」


 そんな、ある筈のない事を口にした。


「根拠? 根拠ってなんですか」


 そう返すとルナリアは一拍明けてから言い放つ。


「お前たちは絶界の楽園に行ったらしいじゃないか。ハスカ達が捕まっていた精霊加工工場から助け出した一部の精霊と共に……ナタリアと共に」


「……え」


 ナタリアだけが名指しで出てきた事に思わずそんな声が漏れる。

 ……多分、きっと。このルナリアという精霊とナタリアは、元からナタリアの知り合いだったのかもしれない。

 だとすれば、事は少しややこしくなる。

 ……だとすれば彼女の言動には私怨が混じるから。いつどんな形でそれが爆発するか分かった物じゃない。


 だけど結局、どんな形であれ皆人間に私怨は抱えていて。だから影響があってもそれは少しの事で。


「それで死なせたんだろ、アイツは。ナタリア達を」


 だから、問題はそんな事じゃなくて。


「……それなのに、どうしてあの人間は当たり前の様に此処にいられる! なんでそれだけ死なせといて、涼しい顔で精霊の前に堂々と居られるんだよ!」


 問題は、そんな的外れな言葉。


「本当はナタリア達が死んだ事だって、なんとも思ってないんだろ!」


 そんな、言ってはならない言葉。


「心ん中でほくそ笑んでいるに決まって――」


「ちょっと黙ってもらっていいですか」


 睨みを効かせ、威圧するように風を起こし。明確な怒りを向けてその言葉を打ち切らせた。

 自然と、無意識に出たそんな感情の放出。

 もしかすると精霊に対して純粋な怒りの感情を向けたのは、これが初めてかもしれない。

 だってそうだ。他は聞き流せても、それだけは聞き流せない。

 聞き流せる訳がない。


「別に私達の事をどう思おうと勝手です。この世界の人間がそれだけ酷い事をしているのは私だって身を持って知ってますから。だから、エイジさんやエイジさんと一緒に行動している私も同じ様に見られたって仕方ないです。それはもういいですよこの際」


 だけど、とエルは強く言う。


「それでも、それだけは言わせない。エイジさんがどれだけ苦しんだか。どれだけ苦しんでるか……何も知らないくせに! 何も知らないあなたがソレを語らないでくださいよ!」


 知ってる。

 瀬戸栄治という人間が、あの一件でどれだけ大きな傷を負ったのかを。

 この世界に辿り着いて。何度も何度も辛い目にあって。それでも何度だって自分の意思を貫いた精神を、あの一件はいとも簡単にへし折ってしまって。


 そこから立ち直った様に見せたって。何でもないように舞ったって。それが近しい者には頑張ってるという事が分かってしまう。頑張らなければ普通ですらいられない。頑張っても普通でいられない時もある。

 それだけ大きな傷を瀬戸栄治は負って、背負い続けている。

 それをエルという精霊は一番知っている。

 だとすれば……それだけは黙っていられない。

 それだけは否定しなければならない。

 それが感情論から生まれたなんの根拠もない罵りを、どう思おうと勝手だと言ったすぐに、自らそれをぶち壊して放ってしまう程に、纏りのない感情論でしかないとしても。


「……もし、それをエイジさんの前で口にしたら……その時はあなたを潰します」


 そしてそう言い切った後、ルナリアから言葉が返ってくる事はなかった。

 俯いたルナリアが、一体どんな事を考えているのかは分からない。だけどこれ以上の言葉を掛けるつもりもなくて。だとすれば彼女の目の前に留まる必要もなくて。

 ただ今後警戒だけは向け続ける。もうそれだけで良くて。


「行きましょうか」


 少し呆気に取られている二人にそう声を掛け、エルは再び歩き出した。

 これでよかったのかは分からないけど。




 その後、睡眠を取る為にレベッカが自分の寝床へと向かったため、ハスカと二人でエイジが眠る小屋へと戻ってきた。

 戻ってきて分かった事だが、どうやら最初にルナリア達はこの小屋へとやってきたらしい。

 もっともそれでも、エリス達が軽く止めてくれたお蔭で引き下がってくれたらしい。そこで強行突破して居ない辺り、やはりこの場に置ける協調性というのはある程度持ち合わせているのだろう。

 だとすればしばらく煽ってくる事はあっても、直接エイジを殺しに来る様な可能性は低いとエルは考える。

 それでも警戒は必要で、それはハスカ達も分かっているようだけど。


「とりあえずエルはもう休みなよ」


「ハスカさん達は眠らないんですか?」


「まあ私はもうちょっとルナリア達を警戒しとかないといけないかなって。まあそれ以外の精霊も警戒が必要だけど」


 そう言ったハスカに補足するように他の精霊達が言う。


「まあ一応しばらくは交代で睡眠を取るって感じかな。だから今中で寝てる子と私らが後で交代って事で。まあキミはゆっくり寝ちゃってよ」


「あとお二人の落とした荷物はレベッカのお仲間が回収して来てくれたっすよ。そんな訳で後は寝るだけっす」


「……ま、そういう感じだからさ」


「……じゃあお言葉に甘えて」


 ハスカ達に軽く会釈して、エルも今日は眠る事にした。

 小屋の中に入ると、外で言われた通り何人かの精霊は眠りに付いていた。


 そして。


「……」


 視界の先。部屋の隅でエイジは起きていた。


「……」


 体を起こし、片手で顔を抑えていて、息が荒い。

 それはまるで悪夢に叩き起こされた様な、そんな印象を感じさせる。

 そんなエイジの元に歩み寄って、しゃがみ込んで声を掛ける。


「……大丈夫ですか?」


「エル……」


 こちらに気付いたエイジは一拍明けてから言う。


「……今日は何となく普通に眠れると思ったんだけどな。まあアレだ。大丈夫だ」


 そう言ってエイジは笑みを作るが、知ってる。全く大丈夫ではない事位。

 そして今は常用していた睡眠薬も持ち合わせていない。

 だから、もう本当に辛い状態なのだ。

 果たして、そんな彼をどこまで支えられるのかは分からないけれど。

 それでもできる限り支えてあげたいって思う。


「……落ち着くまで軽くお話でもしましょうか」


「……お前は寝なくていいのかよ」


「私は大丈夫です」


 そう言ってエイジに笑いかける。

 彼が落ち着いて眠れるように。

 少しでも彼の傷を癒せるように。

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