ex 踏み出す一歩

 それから一時間程だろうか。

 ハスカに進められた通りレベッカが戻ってくるまでの時間はゆっくりすると決めたエルは、レベッカ達と談笑して時間を潰す事にした。

 互いが互いの事をよく知らないということもあったし、加えて地球という世界についての質問もあり話題が絶える事はない。

 ……正直その質問攻めは少し疲れるのだけれど、それでも楽しかったからいい疲れなのだとエルは思う。だとすればそれは休みと変わらない。

 そしてそうして一時間を過ごした後、エルを中心とした輪の中に入ってきた精霊がいた。


「うん、仲よくやれてるみたいで何よりね」


「レベッカさん」


「おまたせー」


 笑みを浮かべながら声を掛けてきたレベッカは、軽く周囲を見渡すようにしてから問いかけてくる。


「エイジは?」


「エイジさんならもう休んでます。お疲れのようでしたから」


「なるほどね……ま、その方が良かったか」


「どういう事ですか?」


「ま、大した意味は無いよ。で、エルはちゃんとウチを待ってくれてたわけだ」


「まあ私がお願いしているわけですし」


「うん、いい心意気。じゃあまあ早いうちに始めようか……エルが聞きたい事、というか教わりたい事ってあの力の事だよね。多分だけど」


 どうやらこちらの意図は伝わっていたらしい。


「はい! おねがいします!」


「うん、いい返事。やる気に満ち溢れてる」


 そう言って頷いたレベッカは視線をハスカへと向ける。


「確かハスカは回復術、使えたよね?」


「使えるけど……どうかした? 見た感じ怪我とかしてなさそうだけど」


 僅かに首を傾げるハスカに、落ち着いた様子でレベッカは答える。


「……これからするかもしれないからちょっと着いてきてよ」


「かもしれないって……なに、そんな物騒な特訓するの?」


「そのつもり。だから回復と……あとは最悪私達に干渉できるだけの力を持ってる子が一人いた方が良い」


「……分かったよ」


 ……どうやらある程度予想はしていたが、ちょっとやり方を聞いて教われる様な事ではないらしい。

 少なくとも回復術を使わなければならない様な事態になる可能性がある位には、危険が付き纏うようだ。


(……まあ別にいいけど)


 これから多少危険な事があろうと、別にいい。どうだってよくはないし、できる事なら痛い思いなんてしたくないけれど、それでも自分で選択した道だ。

 多少の危険を潜ってでも進まなければならない道だ。

 ……もっともこれまでの事がこれまでの事だ。ただ単に肝が据わったというのも、そう思える要因の一つなのだろうけど。

 そこまで考えて、なんとなくレベッカがエイジが眠っていたほうがいいと言った意味が分かった気がした。


(……多分危険だって知ってたら、エイジさんは止めたんだろうな)


 だとすればそれは嬉しい事だけど、とにかく今は眠っていてくれて良かったのかもしれない。

 ……とりあえず、心配を掛けずに済むから。


「まあそんな訳だから、ちょっと危ないかもしれないけど大丈夫?」


「大丈夫です」


 エルが迷いなくそう答えると、レベッカはニコリと笑って言う。


「よし、じゃあ場所移動しようか。此処であんまり騒ぐのはあれだし……奥に開けた場所がある。そこでやろう」


「はい! ……っと、でもよく考えたらエイジさん一人にして大丈夫かな?」


 ハスカ達はともかくとして、他の精霊がエイジにある程度とは言い難い信頼しか向けていない以上、一人にしておくのは危険な気がする。

 だがそんなエルを安心させるように、エリスがグーサインをする。

 そしてそれに同調するように、他の精霊からも声があがった。


「とりあえず私達がみてるから安心してよ」


「そうだね。まあ信用ならないかもしれないけど信用してよ」


「皆に同じ」


 少なくともそうした言葉に裏は感じられない。

 感じる様ならば、この一時間で何か違和感を感じられた筈だ。

 だから、その言葉をとりあえず信じてみる事にした。


「じゃあお願いできますか?」


 エルがそう聞き返すと、それぞれ反応を示す。

 そしてエルを安心させるように、レベッカとハスカが言う。


「まあ何もしなくたって、私が大丈夫って言ったんだから他の精霊も簡単にエイジを襲う様な真似はしないと思うけどね。何度も言うけど、私発言力あるし」


「それに仮に何かあってもすぐ戻ってくればいい。そうするだけの時間位あの子達なら稼げるから。だから……今は自分が怪我しないように集中したほうがいいよ。なにするのかは具体的には知らないけど」


「……そうですね。でも怪我するような事があったらお願いしますね」


「ウチも頼むよハスカ」


「……だったらお互い怪我しないように頼むよ」


 そんなやり通りを交わした後、三人はその場から移動を開始する事にした。





「じゃあこの辺でいいか」


 レベッカの案内で連れてこられた場所は、確かに特訓らしい特訓をするには丁度良さそうな開けた空間だった。

 位置もハスカが言ったように、すぐ戻ろうと思えば戻れる距離しか離れておらず、かといって荒事の被害が向こうまで及ばない絶妙な距離。まさに絶好の場所というべきだろうか。


「それで、まずは一体何からするんですか?」


 やる気に溢れたエルがレベッカに問うと、レベッカは少し考えるような素振りを見せた後エルに言う。


「まず一応確認しておくけど……エルはこの力の事、どこまで知ってる?」


 そう言ったレベッカから次の瞬間、禍々しい雰囲気が溢れ出てくる。

 ……まさしく暴走した精霊が纏っていたものだ。

 そしてエルが知っている知識もその程度のものでしかない。


「暴走した精霊が使っていた強い力ってイメージしかないですね。私の場合他の精霊が使っていたのは少ししか見てないですし……私自身が使っている時は殆ど意識が残っていませんでしたから」


 多分エイジが気を使ってくれているのだろう。そういう具体的な事は……エイジを殺しかける程の力を放った暴走状態の事は何も語ろうとしなかった。

 だからきっとありがたい事に……何も知らなかった。


「……ま、そうだよね。逆に詳しく知ってたら、多分私が教える事ってなくなっちゃうと思うから」


 そう言ったレベッカは、禍々しい雰囲気を消し去ってからエルに言う。


「じゃあ一からこの力の事についてレクチャーするとしますか」


「お願いします!」


「よし、いい返事」


「座学か。その間私どうしてようかな……一応もう一度聞いておこうかな」


 ハスカがそんな事を言いだしたので、思わずエルが反応する。


「ハスカさんは一度聞いてるんですか?」


「私がというより此処にいる戦う事のできる精霊は皆纏めて話を聞いてるんだ」


「全員……」


 だけど、とハスカは言う。


「此処にいる誰一人として、レベッカの言う理屈も感覚も理解できなかった」


「……感覚?」


「アンタは私達と違ってその力を使った事があるんでしょ? だけど私達にはない。だからそんな感覚はどこにも残っていないからその先の理屈も何も理解できない。だから今私が聞いてもやっぱりなんの意味もないと思う。そもそもの引っかかりがないからね」


「だけどエルなら可能性がある。むしろウチにできてエルにできない筈がないんだ。私よりも深くこの力に浸かっていただろうからね」


 だから正直な話、と前置きをしてレベッカはエルに言う。


「この力は結構感覚的な所が強い。だからこの力についてウチがエルにしてあげられる事は、この力が何なのかを教える事。それが終われば後はそれを使える様にする手助け。ただそれだけなんだ」


「……十分じゃないですか」


「そう思うでしょ。でも実際やってみたら多分、これのどこが指導なんですかって思うと思うよ」


「充分ですよ、それでも」


 寧ろ少しでも手掛かりがあるだけで十分なのだ。

 少なくともそれだけで、停滞しているよりはずっとマシなのだから。

 少しでも前に進まなければならない今、確かな一歩を踏み出す事ができるのだから。


「だから教えてください、一から」


「……よし。じゃあレクチャー開始ね」


 そして踏み出す。

 新たな力を得る為の。

 臨む未来を掴むための第一歩。

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