11 それぞれが目指す未来
「その世界が本当に楽園になるのなら……私もそこに行きたい」
きっと誠一達は他の精霊が一緒に来ることを拒んだりはしないだろう。
「……分かった。多分大丈夫だろ。最悪難しくても俺が説得してやる」
だからその選択にそう答えてやることができる。
だからきっと、俺達側の話としては問題ないのだ。
問題は……精霊の方だ。
「でも、本当にいいのか? ……言ってしまえば地球は……絶界の楽園は人間の世界だぞ」
本当にそれで良いのだろうか。
そう思っての問いだったが、そもそも人間の俺にそんな頼みをしている時点で彼女の意思は強く固まっていたのだろう。
「いい……それでも。違うんですよね? その世界の人間は」
怯えながらも。恐れながらも。確かにそれでもいいとその精霊は口にした。
……多分その意思はそう簡単には折れないし折る必要もない。だから今俺はその恐れを少しでも払拭してやれるような言葉を掛けてやるべきなのだろう。
だから俺は頷き一言言ってやる。
「ああ、違うよ。もしお前らにとって俺がまともな人間なんだとすれば、俺よりももっとまっともな人間が大勢いるさ」
俺がそう言ってやると精霊の一人が手を上げる。
「あの、わ、私も……」
それはまるで伝染するように。
「私も」
「……僕も」
一人が踏み出せば後は背中を押された様に、次々と精霊が手を上げていく。
気がつけばこの場にいる俺が助けたにいた精霊全員が各々同じ意思を俺へと向けていた。
「……つーわけで此処に居る全員は絶界の楽園……つーか地球に行くって事でいいんだな」
「……そうだね。少なくとも私達はそうしたいかな。アンタがそれでいいのなら」
代表するようにハスカがそう答える。
当然それは拒まない。一人も全員もきっと変わらない。説得はしてみせる。
だが一つ気になる事があった。
「……しかし、お前ら全員か」
「……やっぱり大人数過ぎるとまずい?」
「いや、そうじゃねえよ。何人だろうと説得はする。そして多分それは通る。通してみせる」
「ならどうしたの?」
少し聞きにくい事だけれど、俺はハスカに聞いてみる。
「……いや、いくらお前らの楽園になるかもしれないってのをお前らが信じてくれて、それで手を上げてくれたんだろうけどさ。それでも俺の言葉をあっさり受け入れてくれるって事はさ……結構此処ってヤバイのかなって思ってさ」
此処が精霊の安全地帯として機能していれば、一人くらいはこの場に止まる精霊がいてもおかしくない筈だ。
それなのに全員が地球へと向かう事を決意した。それはきっと俺やエル。地球の人間への信頼以外に背中を押したような要因があるのではないだろうか?
「……まあいつどうなるかは分からないかな」
そう答えたのはレベッカだった。
「結界の力で人払いをしてるし、それでも足を踏み入れてきた人間も基本的には戦力差で押しきれる。だけど既に足を踏み入れる人間がいる通り、別にこの場所が地図から消えているわけじゃないから怪しんで何かしらの精霊術が絡んでいることが分かれば狙われるし、そうして精霊を捕らえにきた人間を情報を漏らさないように逃がさず殺しきれているのも、向こうがこちらの戦力を見誤ってくれているから。だからいつ何がおきるかは分からないよ」
「……」
「……それに、結局皆で皆を守ってるだけだから。人間が狙った精霊を捕まえるのに失敗して殺めてしまう事があるように、次の日には此処にいる誰がが死ぬかもしれない。実際居るんだよ。今まで何人も殺された精霊が」
「……そうか」
ある意味それは当然の事だ。
人間が精霊を捕まえるために完膚なきまでに叩き潰す。そのために使うのは殺傷能力のある精霊術だ。何度食らっても何度食らってもそう簡単に死ぬことのない俺やエルの精霊術がおかしいだけで、本来はまともに食らえば致命傷にもなり得るんだ。
だから倒せても。外に情報が漏れない様に人間を殺せても。その過程で戦った精霊が死ぬ事があるのは当然の事なんだ。
だから結局、人間に捕まるリスクが減っても……命を落とす可能性が減っても。それでもそれらのリスクを拭いきる事はできない。
結局どこにいたって、死と隣り合わせな事に変わりないんだ。
だったらこうして皆が同じ選択をする事にはなんの不自然さもない。
……それだけ今の彼女達のおかれている状況もまた、他の精霊よりは幾分もましなだけで、劣悪な物なんだ。
「そりゃずっと不安なら賭けにでるのも分かるか」
「それに分の悪い賭けじゃないしね……まあそういう訳で私達はアンタの世界がまともな事に賭けようと思う」
「……俺が言っても答えにならねえけど、お前らの勝ちだよその賭けは」
「そうなら嬉しいな」
そう言ってハスカは笑みを浮かべる。
そんな笑顔を見て、少し感慨深い気持ちに浸ってから……俺はまだ答えを聞いていない、ハスカ達とは違う精霊に問いかける。
「て、レベッカ。お前も来るだろ?」
レベッカは俺が助けた精霊の中でも少なくとも代表して俺と話している位には俺の事を信用してくれているハスカよりも、俺やシオン。そして俺の居た世界の人間がまともであることを信じてくれている。だからこそ俺は今此処にいる。
だから人間の世界に。再び絶界の楽園に渡ることには大きな抵抗なんかはない筈で、だからその返答は解りきっていた。
だけどレベッカの反応は俺が予想したものとは大きく異なっていた。
「……気持ちは嬉しいけどウチは行けない」
「……え?」
まさかの答えに思わずそんな声が漏れだした。
「なんでだよって人間の俺が聞くのもおかしいのかもしれないけどさ……お前ならそうした方が良いって思うんじゃないかって思ってたんだけど」
「そりゃ思うよ。きっとアンタの居た世界は理想の世界。この世界に止まるよりはずっといいってのは分かってるよ」
だけど、とレベッカは言う。
「今は此処にいるけどさ……ウチ、この世界でやりたい事があるんだ」
「やりたい事? それは向こうの世界じゃやれないのか?」
「やれない」
レベッカはそう断言する。
「向こうの世界にあの人は……ウチを助けようとしてくれたシオンって人はいないから」
「ああ……そういう事か」
「ウチはまだあの人にお礼も言っていないし……あの人に何かしてあげられる事があったらやってあげたいから」
「……でもお前、アイツに会える可能性を考えたら……あまりにリスクが大きいだろ。アイツは普通に人間の社会に溶け込んで生きてるんだから」
きっとそんな機会が来る前に人間に捕まる。碌な未来が待っている気がしない。
それでもレベッカの意思は固く、その考えを変える事は無い。
「分かってるよ。だけど今ウチが生きているのはあの人のおかげだから。だから……それでいいんだ」
「……そっか」
多分レベッカのやろうとしている事は止めるべきで、無理矢理にでも引き留めるべきで。そうすることが正しいのかもしれない。
だけどそうしたくない自分が確かにいて。シオン・クロウリーという恩人に報われて欲しいという気持ちが強くて。
きっと俺にできる事があるとすれば、レベッカが無事にシオンに出会える事を祈る位なのだろう。
恩人のシオンの為だ。できることなら俺が連れていってやるべきなのかもしれないけれど、俺が連れていけばシオンに。それどころかレベッカにも迷惑がかかるし、他ならぬエルを危険に晒すことになる。
……だから、やはり俺にできる事は祈る事位だ。
「……まあ誰がどうするにせよ、その迎えが来るまで生きていないと話にならないんだけどね」
「まあまず考えるのはそこか」
レベッカの苦笑いの言葉に俺も苦笑いを浮かべながらそう答えた。
そうだ。地球に戻るにせよなんにせよ、それまで生きていたらの話なんだ。
俺もエルも、レベッカやハスカ達も。
とにかく必死になって生き残らなければならない。
全てはそれからだ。
「じゃあその為にも一旦ウチは向こうに戻るよ」
「向こう……ああ、そういやお前、警備してる途中だったな」
「一応あの子達纏めてるの私だし、流石にもう戻んないとね。細かい説明もしないと行けないし」
細かい説明とはおそらく俺達の事だろう。
思えば今この場にいる精霊とは違って最初にあった精霊達は随分と雑な説明しか受けていなかった訳で、色々と説明しておいてもらいたい所だ。
……納得を得られるかはともかくとして。
そしてそれを言えばあのポイント以外を警備していて、俺達の存在すら知らない精霊もおそらくまだいるわけで、まだ色々と大変そうだなぁと思う。
「じゃあウチはこれで。とりあえずハスカ。私がいない間、エイジとエルを任せるわ」
「いいよ分かった」
多分あの時俺が助けた精霊達を纏めているのがハスカなのだろう。今まで代表して俺と話していた様に、レベッカの言葉に頷く。
「じゃあまた後でね」
「レベッカさん」
立ち去ろうとしたレベッカを引き留めたのはエルだ。
「どうかした?」
「後で少し聞いておきたい事があります。いいですか?」
「……」
レベッカはなんの事か探るように少し考える素振りを見せ、そしてなんの事かを察した様に言う。
「いいよ。後で時間を作るわ」
「ありがとうございます」
「じゃあ後でね」
そう言って今度こそレベッカは入り口付近の精霊達の元へと帰っていく。
そんなレベッカを見送りながらエルに問いかけた。
「ちなみに聞きたいことってのは?」
「レベッカさんが纏っていた雰囲気の事です。あれ……完全に暴走した精霊のそれでしたよね」
「……ああ。確かに暴走した精霊の雰囲気だったよ。そして多分それに伴う力も持っている」
エルがそうだったように、通常時よりも強力に精霊術を扱うような、そんな力が。
「……で、改めて聞いてどうしようってんだ?」
聞いてみたが、答えが帰ってくる前になんとなくエルの言わんとしていることは理解できた。
そして俺が思った通りの事をエルは言う。
「教えてもらうんです。あの力の使い方を」
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