7 精霊の国

「精霊の……国?」


「エル、お前聞いたことあるか?」


「いえ、私は聞いたことないですね……この先にそんな所があるんですか?」


「何度も言うけど国って言う程大層な場所じゃないわ。だけどこの広大な森の中に500人以上の精霊がいるんだから。あながち大袈裟な話じゃないかも知れないけど」


「500人!? そんなにいんのか!?」


「いる」


 信じられない様な人数だった。

 そもそも俺は自我のある精霊と出会った経験が数えるほどしかない。

 エルと出会った時と精霊加工工場を襲撃した時。そして今日この森で。その三回だけ。

 だからある意味俺はエル以外の精霊と出会うことに慣れていない。

 そんな中でナタリア達と出会った時に出会った精霊より遥かに多い人数の精霊がいると聞かされたんだ。

 ……そりゃ驚くだろう。


「その内ある程度の戦いに着いていける精霊が八割程。他の子も回復術で支援してくれたりしている。そうやって皆で固まって人間から身を守っているの」


「……まるで軍隊ですね」


「それもまた大袈裟かな。自警団とか言われた方がしっくりくるよ」


 そう言って笑みを浮かべるレベッカに、俺は問いかける。


「でもそんな所、人間を入れていいのか?」


「いや、基本駄目に決まってるでしょ」


 俺の問いにレベッカは即答する。


「なんたって皆、人間から身を守るために徒党を組んでいるんだから」


「だったら――」


「でもアンタは特別」


「……特別?」


「アンタはまともな人間だって知ってるから。理解されなくても理解させてみせる。任せてよ」


 そんな事を言ってレベッカは踵を返す。


「まあとにかく着いてきて。態々こんな所に足を踏み入れたのには訳でもあるんでしょ」


 そう言って歩きだすレベッカの背中を見ながら、俺はエルに確認するように問う。


「どうするエル。俺これ付いていっても大丈夫だと思うか?」


「まあ他に行くあてもありませんし、行くしかないでしょう……まあ色々と不安な事はありますけど」


「不安な事?」


 なんだろうか。


「まあ最悪戦闘になっても、初動さえしっかり動ければなんとか二人で逃げられるさ」


「まあその心配もありますけど、心配なのはそういう事だけじゃないっていうか……」


「……いや、心配とか身の危険ぐらいしかなくね?」


「いや、なんというか……やっぱりいいです。なんでもないです」


「……? まあ何でもないならいいんだけど」


 ……エルは何を心配してたんだ? イマイチよく分からない。


「おーい。来ないのー? 置いてっちゃうわよー?」


 少し先まで歩いたレベッカが、こちらが着いてこないのを見て、立ち止ってそんな風に言ってくる。


「だってさ」


「置いてかれても困りますし行きますか」


 そう言ってエルが俺の手を握ってくる。


「なぁおいエル。もう好感度高いです作戦も終わったというかやる必要が無くなったわけだしさ……別に態々手をつながなくてもいいんじゃねえか?」


「作戦が終ったら手を繋いじゃ駄目なんですか?」


「いや、駄目じゃねえけど……寧ろいいけど……どうかしたか? なんかこう……不安な事でもあるのか?」


 なんかエルの手を握る力も心なしか強い気がするし、何かあったのだろうか?

 だが俺の問いにエルは中々答えてくれず、そしてようやく答えてくれたと思ったらそれは随分と小さな声でだった。


「……そりゃ回り女の子だらけだったら気にしますよ」


「え? なんて?」


「なんでもないです! とにかく極力私から離れないでくださいね!」


「お、おう。了解」


 元よりそのつもりだし……どうしたんだほんと。

 そして手を繋いで歩いてきた俺達を見たレベッカは、こんな質問を投げかけてくる。


「そういえばさっきも手を繋いで歩いてたみたいだけど、アンタ達、仲いいんだね」


「まあ恋人同士ですし」


 エルが隠す様な素振りも見せずそう答えた。


「へぇ……人間と精霊で」


「ま、まあそういう事になるな。うん」


 ……アレだ。誰かに俺達付き合ってまーすとか宣言するのって少し恥ずかしいな。

 冷静に考えてみれば誠一と合流したら、最低限こういう事位は伝え解かなくちゃいけねえんだよな……こう、アレだ。なんか恥ずかしい。なんかもっと俺達付き合いましたーって軽く言えるもんだと思ってた。


 ……と思ったけど誠一に言うのは別に恥ずかしくないな。

 彼女いない奴……というよりも彼女とかそういうのと無縁な奴にこういうの教えると、なんか茶化しかたがキツいというか変にネタにしてくるとか、そういうイメージあるけどアレだろ? 宮村って多分誠一の彼女だろ? 普段から彼女欲しいだのモテたいだの言っておきながらアイツ彼女持ちだったわけだろ?

 そんな奴に今更カミングアウトした所で別に恥ずかしくねえし、少しネタにしてきそうならカウンターパンチも打てる。来るなら来いや。

 ……いや、ほんと。何とかして来てくれねえかな。前途多難なのはよく分かるけども。


「……人間と精霊がそんな関係になるなんて、普通は誰も思わないでしょうね」


「私もまさかこんな事になるなんて思いませんでしたよ」


 そう言ってエルは楽しそうに笑みを浮かべる。

 そしてそんなエルや俺に、レベッカはこんな事を問いかけてきた。


「そういえば二人は一体どういう風に知り合ったの? というよりそれだけじゃなくて、アンタがウチにこの世界に連れてこられてからの事も知りたいんだけど……良かったら教えてくれないかな。移動時間でさっくり終わる様なあっさりした奴でいいからさ」


 それから俺達はこれまでの事をレベッカに話した。

 当然全てを話したわけではない。

 流石にエルとの出会いをそのまま話すのはエルに酷な話に思えて、そして同じ様に俺達が地球へと戻った後にイルミナティの男から聞いた様な話も精霊の前ではとても言えなかった。

 そして途中、流れでシオンの話にもなったけれど。アイツの事もあまり話せることは無い。

 とてもじゃないがアイツの踏み込んだ話を精霊にする訳にはいかないから。きっとレベッカの中でのシオンの印章は良い人間でいたままの方が絶対にいいだろうから。

 そんな風に俺達はオブラートに包むようにこれまでの一連の出来事を話した。


「……大変だったわね」


 最後まで相槌を打つ程度で黙って聞いていたレベッカは、俺達の二か月にそんなコメントを残す。


「でもまあ希望はある。寧ろ希望しかねえ。ちゃんと迎えに来てもらう約束してるからな」


「そのキミの親友の人間は信用できるの?」


 俺やシオンの例があってか、地球の人間はまともという点やエルに人間の親友がいるという点もあっさり飲み込んだレベッカは、特に話に不信感を持つ訳でもなくそう問いかけてきた。


「アイツはやるって言ったらやるからな。寧ろ何も言わなくてもやる奴だから。俺は安心して信用できるよ」


「……で、無事その誠一って人や茜って人が迎えに来るまで身を隠す為に、此処に来たわけだ」


「そういうこと。森の中の方が俺達にとっては安全だろうからな」


「……まああの工場相手にそんな立ち回りしたら人間の輪には戻れないだろうしね。うん、色々と納得したわ。だったらなおさらアンタはこの先に進む必要がある」


「……匿ってくれるって言いたいのか?」


「そうね。元々なんか事情はあると思ってたけど、そういう事なら尚更。全部ウチが元凶なんだから匿うって話も納得させてみせるよ」


「……さっきから思ってたんだけど、お前って結構ここで良い立場なのか?」


 さっきの精霊達の中でもリーダーみたいなポジションに立っていた様に思えるし、その説得してみせるという言葉にもかなりの自信があるようにも思えた。

 ……だけど冷静に考えてみれば、コイツは俺と同じタイミングでこの世界に戻って来たわけで、そこからこの場所にやって来たのだとすれば結構な新参者な様な気がするんだけど……どうなのだろうか?

 そしてその問いに少し悩むような素振りを見せた後、レベッカは答える。


「まあ正直この場所に立ち場も何もないんだけど……だけどまあ、そういう事でいいのかな。基本強い精霊がそこそこ皆を纏めてるわけだし。ウチ、此処で一番強いからさ」


「一番強い……500人の中でお前がか?」


「でなきゃウチみたいな新参がでかい顔できないって。一応さっきのアンタ達といい勝負できる位には強いと思うよ」


 ……そう言えばあの中でレベッカだけが異質だった。

 此処は異世界で。精霊が暴走する事なんてない筈で。そんな世界でレベッカが纏っていたのは紛れもなく、精霊が暴走している時に発する禍々しい雰囲気だった。

 それもそれを纏いながら自我を保っていたんだ。

 ……だからこれは確信だ。

 レベッカは他の精霊にはない何かしらの力がある。

 だがその事を訪ねるよりも先に、レベッカが思いだしたように俺達に言う。


「あ、そうだ。新参と言えばね、ウチの後に多分アンタ達の知っている精霊が此処に来たよ。今もこの先にいる」


「俺達が知っている精霊?」


 突然振られたその言葉に思わず考え込む。すると答えは簡単に出て来た。

 俺が知っている精霊……そう考えると俺達が知る事ができる自我を持った精霊はアイツらしかいない。


「……ハスカ達か」


「正解。多分アンタかシオンって人なんじゃないかなって思ってたんだけど、アンタだったのね。ハスカ達が言っていた、助けてくれた人間ってのは」


 あの時。精霊加工工場から脱出した後、ナタリア達を除いた多くの精霊は俺達に付いてこずに別行動を始めた。

 その時唯一まともに話す事ができたハスカによると、別に全ての精霊が絶界の楽園の事を信用していたわけではなく、あくまで噂だと割りきっている精霊も多かったらしい。

 そして少なくとも絶界の楽園よりは信憑性が高い、精霊にとってまともな場所があると。アイツはそう言っていた。


 ……その場所が此処なのか? 此処がアイツらの目指した場所なのか?


 そして、アイツらが此処にいるという事は。どうやっても顔を合わせなければならないという事だ。


「……」


「エイジさん?」


 俺が怪訝そうな表情を浮かべていたのをエルが気付いたらしく、心配そうにそう名前を呼んで来る。


「そうか、アイツらがいるのか……」


 別にアイツらの事が苦手なわけでは無い。結局工場の外に出た後はハスカとあの馬車を運転していた精霊以外はあまり信用らしい信用を得られなかったけれど、それは仕方がない事は分かっていて。それはもう気にする様な事ではなくて。仕方がない事で。

 だから、そういう事じゃないんだ。


「あ……」


 エルも気付いたらしい。とても複雑で険しい表情を浮かべる。


「え、なに? ハスカ達がいる事に何か問題が……ああ、そういう事ね」


 一応大雑把なこれまでの事は話したおかげで、俺の抱えた悩みをレベッカも理解してくれたようだ。


 ……果たして俺は彼女達にどう説明すればいいのだろう。


 此処にいる筈の精霊。ナタリア。ヒルダ。アイラ。リーシャ。

 その四人がどこにもいない事を。

 彼女達を死なせてしまった事を……俺は一体なんて説明すればいい? 

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