2 世界の真理に挑む者 上
「……寂れた店だな」
「でもその分他人の目を気にしなくていいっすよ。これから俺達がするのは常識的観点から考えれば頭のおかしい話なんすから」
ナイルという男に案内されたのは路地裏の寂れた飲食店だった。
店内には客がおらず、店の奥で店員が暇そうにあくびをしているのが見える。
確かに密談などをするにはもってこいなのかもしれない。
「……そうだな、確かにこういう店の方が気が楽だ」
特に自分達がこれからするであろう、世間一般的に見れば頭のおかしい話には。
「とりあえず好きなもの頼んでくださいっす。代金は俺が持ちますよ」
「いや、いい。自分の分は自分で出す」
「そうっすか。遠慮しなくてもいいのに」
まあそれより、とナイルは話を切り出す。
「まさかこうもあっさりアンタみたいな人を見つけられるとは……カイル君って言ったっすね。アンタはどうしてそうなったんすか」
どうしてそうなったか。
それは間違いなく精霊という存在の捉え方の事だろう。
「俺は……」
どう答えるべきか、考えあぐねている間にナイルが聞いてきた。
「……無難な所で言えばアンタも切り裂き魔の被害者って所っすかね?」
「……切り裂き魔?」
突然予想もしなかった突拍子もない単語を耳にして思わず聞き返すと、予想外の反応を見た様にナイルは相槌を打ち、そして言う。
「その反応を見る限りアンタは結構レアケースみたいだ」
「ちょっと待て。切り裂き魔ってなんの話だ」
「そうっすね……あ、ちょっと待て待った。俺サービスランチで」
「……じゃあ俺も」
話の腰を折るように現れた店員に注文を入れてから、改めてナイルは語り出す。
「カイル君はエゴールという指名手配犯を知っているっすか?」
その名前はよく知っていた。
「エゴール……ああ、アルダリアスで二ヶ月前に検挙されたマフィアの構成員で……指名手配中の切り裂き魔」
「そうっす。何故か命に別状が無い程度の傷を負わされてその場に放置して立ち去っていく、目的も動機も不明な犯罪者。そして特殊で厄介な能力を持つ精霊と契約しているもんで未だに捕まっていない厄介な奴っす」
「……その切り裂き魔が何か関係あるのか」
「あるんすよ。アンタみたいな状態に陥る人間の多くはその切り裂き魔に切られた人間なんすわ」
「……どういうことだ」
今のところ全くの関連性を見いだせない。一体なんの関係があるのだろうか。
その答えの片鱗すらも掴めずにいるカイルにナイルは答える。
「エゴールの契約している精霊の力は大雑把に言えば精神攻撃っす。相手に身動きも取れない程の恐怖心を植え付ける。斬りつけた相手から感情や思考回路を読み取る。その逆もしかり。そういう能力っすね」
それを聞いてとりあえず自分の置かれている精神的な以上と照らし合わせて出てくる仮説は一つだ。
「つまりはそういう状態になるような思考を流し込まれたって事か?」
「察しがいいっすね。そういう事っすよ」
「……でも何でそんな事を」
「エゴール本人がイカれちまってるんですよ。そういう頭のおかしい思想を読み取っちまって」
そしてナイルは一拍空けてからカイルに問う。
「……アンタは先月おきた精霊加工工場の襲撃事件を知ってるっすか」
「……ッ!?」
突然飛躍したその話を、知らない訳が無かった。
それはその事件が世界規模でニュースになった程の凶悪犯罪だったからではない。
その事件においてカイル・バーンは端からニュースを見た傍観者ではない。
その凶悪犯と対峙した当事者だからだ。
「……知ってるようなら話は早いっすよ」
ナイルは出されているお冷を一口飲んでから言う。
「あの事件の主犯格の少年。彼は二か月前にアルダリアスで起きた一連の事件の被害者っす。自分の契約精霊を組織に奪われたんすよ。それでその少年はエゴールの所属していた組織のアジトに乗りこみ、その過程でエゴールの剣に切られた。その時エゴールは読み取っちまってるんっすよ。精霊加工工場にカチコミに行くような人間の思想を。それでエゴールはイカれちまった」
「イカれた……」
「まあ結果的に今のアンタみたいな状態になったわけっすよ」
そして一拍明けてからナイルは言葉を続ける。
「切り裂き魔の被害者がアンタの抱える問題と関係があるってのはそういう事っす。エゴールは答えを探して不定期に人を切りつけてる。俺を切って納得したと思ったけれど、やっぱ突発的に歪な思想がフラッシュバックでもしてくるんっすかね。その被害は止まない」
「アンタも切られたのか?」
「切られたからこうなってるんすよ。アンタみたいにそれ以外が原因でそうなった人間はそういない」
まあそれはともかく、とナイルは言う。
「とにかくこれがスタンダードなケース。大体の被害者はそれが影響で精神的に不安定になって入院してるっすから直接話を聞けた人間はすくねえっすけどね、俺が知る限り殆どの原因は切り裂き魔に切られた事画原因っす」
そこまで言ったナイルは、さて、とカイルに問う。
「アンタは違うんすよね? 一体何がどうなったらそんな事になったんすか。教えてもらえたら嬉しいっす」
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