59 突き抜ける暴風の如く

 そこから先も当然の様に対策局の魔術師が待ち構えていた。

 だが先と状況が違うのは、荒川圭吾の様な柱がいない事だろう。

 攻撃の雨が降ろうと力押しでどうとでもなる。

 これが異世界の人間が相手ならばそう簡単に行かなかったかもしれない。何せ異世界の人間は……あの業者の人間達は本気で俺を殺すつもりでぶつかってきていた。

 だけど目の前の人達は、止めるつもりでそこに居る。

 止めるつもりでいてくれている。

 彼らの攻撃は鋭く無駄がなく、統率が取れた完璧な動きだ。だがこちらを止める為の動きはその戦闘能力を本来ものから著しく低下させる。そうなっているのが目に見えて分かった。

 荒川さんが連れてきた魔術師がどうだったかは分からないが、多分普段は人間を相手にする事が無い者が大半だ。全力戦闘以外が必要ない彼らにとって、全く経験のない戦いを強いられているのかもしれない。

 だとすれば……丈夫な事が最大の武器である俺を止める事は、目の前の魔術師達にはできない。

 故にその全てを駆け抜けるように超えられた。

 攻撃を躱し攻撃を弾き攻撃を受け止め、そして道を塞ぐ者を薙ぎ払い、やがてエントランスまで辿り着く。

 まだ俺の行く手を阻むように目の前に対策局の魔術師達は何人もいて、後方からも追ってくるが大丈夫だ。

 ただ、目の前を突き抜ければいい。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 雄叫びを上げて正面入り口に向けて突っ込んだ。

 目の前に展開された結界を破壊し、正面から放たれた雷撃を躱し、ハルバードと三節棍の攻撃を掻い潜って薙ぎ払う。

 そのまま止まることなく日本刀を手にした魔術師の切り払いを飛んで躱して蹴り飛ばし、そして最終的に入り口のドアを突き破る。

 そして外に出た瞬間、足元に風の塊を形成。それを踏み抜き正面のビルの屋上まで跳びあがった。

 だがここではまだ追撃される恐れがある。

 俺は再び走り出し、屋上と屋上を飛び越える形で移動していく。

 多分その様は外を歩く人々から見れば異様な光景にも見えるかもしれない。

 だけどそれがどうした。どうせ後でどうとでもできるし、できないとしても関係ねえ。

 今はとにかく逃げ切る事。それが大事だ。

 そして暫く距離を稼いだ後、俺はエルの剣化を解除する。


「それで、一体これからどうするんですか!?」


 エルは衰弱していて弱々しい物ではあるものの、それでも慌てている様に俺のそう問いかけてくる。

 確かに余裕はどこにもない。今稼いだ距離を詰めてくる魔術師もいるだろう。

 何よりいつ天野宗也という絶対に戦ってはいけない強者が現れるか分からない。

 とにかく迅速に今やるべきことをやらなければならない。


「エル、手ぇ出せ!」


 俺は自身のポケットに入れていた今回の策の要を掴みながらエルにそう言う。


「は、はい!」


 エルが咄嗟に左手を差し出してきた。

 そしてとにかくエルの指にイルミナティの男がご丁寧に説明書付きで忍ばせていた指輪を嵌めた。


「!?」


 それに対してエルは少し驚いた様な表情を浮かべ、そして言う。


「急に指輪ってどういう……それも左手の薬ゆ――」


「エル!」


 何かを言いかけるエルの手を取り走り出す。

 悠長に説明している時間はない。もうじき追いつかれる。

 そしてエルと共に向かうのはビル内部へと続くドア。

 そこにイルミナティの男から預かった鍵を捻じ込む。そうすればその先に繋がっているのは池袋ではないどこか。そしてそこにさえ辿りつけば、指輪の効果で対策局からは補足されない。

 俺は鍵穴に鍵を差し込み、扉を開く。

 その先に広がっているのはビルの屋上から繋がっているような景色ではなく、明らかに一般家庭のソレと言ってもいい。


「エイジさん、これは……」


「説明は後だ、行くぞ!」


 そう言ってエルと共に扉の中に入り、そして扉を閉めようとした瞬間だった。


「あ、天野……ッ!?」


 視界の奥から天野宗也が空を蹴って猛スピードでこちらに向かっているのが見えた。

 ……宮村が突破されたか。

 その事を思わず口にしそうになったが、それは押し留める。

 それを口にすればエルに余計な心配を掛けさせる事になるから。

 ……だけど心の中でとにかく感謝しておく。

 そして宮村にも次にあったら死ぬほどお礼を言わないといけない。

 ……タイミングを考えるに、宮村が天野を僅かでも止めていなければ、多分俺は天野と交戦せざるをえなくなっていたのだとおもうから。

 そしてそうなった場合、結果は考えなくても分かる。

 だから土御門誠一と宮村茜。

 二人の協力無しでは此処まで到達できなかった。

 そしてできたのだから。到達させてもらったのだから。絶対に無駄にしない。

 俺は勢いよく扉を閉めた。

 ……この扉が開かれる事は無い。


「……やった。うまく行った……」


 ようやく張りつめていた緊張が解かれて、壁にもたれ掛かり息を付く。

 御膳立てがあったからこそ成しえた事ではあったけれど……これは紛れもなく勝利だ。

 エルを助ける為の道を、なんとか一歩踏み出せたんだ。

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