45 イルミナティ Ⅵ

「異世界へ渡るって、んな事できんのか……いや、大事なのはそこじゃねえ。あんな無茶苦茶な世界に栄治とエルをまた行かせんのか!」


 誠一がそれに意を唱えるように声を上げてくれる。


「向こうの世界で精霊は資源扱いだ! それに加えて栄治は向こうで実質テロリストみてえな真似してきてんだぞ! そんな状態でまともに生きられる訳がねえだろ!」


 誠一の言う事はごもっともで、あの異世界は俺達にとって最悪な環境だ。

 アルダリアスを出てから精霊加工工場を襲撃するまでの一か月間、俺達がまともな生活を送れていたのは、俺が犯罪者でもない一般人で、エルがシオンから貰った枷で人間として生活していたからにすぎない。

 今はその前提条件が二つともない状態だ。後者だけならば辛うじてどうにかなったかもしれないが、それでも前者があまりに重く圧し掛かる。

 だからそれはきっと目に見えた地獄なんだ。……だけど。


「だが現実的にあの精霊を救うための選択肢はそれ位しかない」


 もうそれしかないのなら。とにかく今エルを救うための手段がそれしかないのなら。

 ……俺の事なんかどうだっていいんだ。

 そんな事を考えていると、自然と目の前の地獄を受け入れる事ができた。

 そしてイマイチそれを受け入れられなさそうにしている誠一に対して、男は止めをさしてくる。

 それはある意味、もしかするとどこかで俺の中にも残ってたかもしれない、この世界に留まりつつ全てを解決する為の策、希望を捻り潰す様な現実的な言葉。


「仮にこの世界の人類にエネミーを抑え込めるだけの戦力があったとして、それを束ねる為の時間が圧倒的に足りない。にも関わらずキミ達にはもう碌に時間が残されていない訳だ。確か……保証されているのはあと二日だったかな」


 正解だ。そして……男の言う通りだ。


「多くの人間を動かすの為に用意される時間にしてはあまりに少ない。それでは国内だけでも話は纏まらないだろうし……そしてそれは人間そのものを変える場合も同じだ。変えるのが変えても問題の無い思想で、それを変える手段があったとしても、二日で条件を満たすなんてのは不可能だ」


 どれだけ素晴らしい策があったとしても、冷静に考えれば俺達には時間がなさすぎる。

 いかなる手段も……世界を巻き込む以上はある程度の時間が必要だ。

 だから改めて考えてもそれしかない。


「だからあの精霊を救うには異世界に連れていくしかない。残酷な事を言っているのは百も承知だが、もう本当にそれしか手立てがないのだよ」


「……ッ」


 誠一と宮村は苦い顔を浮かべて押し黙る。

 何か反論する様な言葉を考えてくれているのかもしれない。

 だけどそうだとしてもそれは結果的に出てこなくて……そしてそんな中で俺は一体どんな表情を浮かべていたのだろうか?

 それは分からない。だけどきっとそれ程酷い表情でもなかったのだと思う。

 考えてみれば八方塞がりに思えるこの酷い状況で、紛いなりにも解決策が用意されている。その事実だけはどれだけ残酷でも俺達にとっての救いである事に間違いないのだから。


「さて改めて問おうか瀬戸栄治君。キミはさっき全てを捨てて戦えるかという問いに頷いたが……事が事だ。もう一度聞いておこう。キミは狂っている上に、自分自身が指名手配犯になってる様な世界に再び足を踏み入れる事になる。そして……キミの隣りにあの精霊がいる限り、キミはこの世界に戻ってはこれない。それでもキミは進めるかね」


「進めるさ」


 だからそんな男の問いにも俺は迷うことなくそう答えた。


「今までの話が本当なら、もうエルを救うにはそれしかないんだろ? だけどあんなクソみてえな世界にエルを一人で送るわけにはいかねえ。だから世界位渡ってやる。渡って最後までエルの為に戦ってやる」


 ……最後のその時まで抗ってやる。


「お前、それでいいのか? どう考えたってその選択は破滅だぞ!」


 ……そう言ってくれるのはありがたい。誠一はどこまでも俺の事を心配して助けようとしてくれる。

 だけど……それでいいんだ。


「いいんだよ誠一」


「……ッ」


 ……それでいいんだよ。

 そして俺は誠一にそう言葉を返した後、誠一が何も言えなくなっているのを見て心中で謝った後、男に対して問いかける。


「それで、どうやったら異世界に行ける」


 訪ねたのは根本的な話だ。

 この世界に渡る際に使った精霊術。異世界であの湖に辿り着いた時に浮かんできた精霊術は今は使えない。使おうと思っても使い方が分からない。他の精霊術の様に浮かんできはしないんだ。

 つまりはあの世界からこちらの世界へと飛ぶのに条件があった様に、こちらからあの異世界へと向かう場合にもそれ相応の条件がある。

 では、その条件は。


「別に異世界から来た精霊がこの世界の何処かにランダムで飛ばされている訳じゃない。キミやキミと契約を結んだ精霊。そしてキミが連れてきた精霊達。その全てがあの日池袋に出現した事からも分かるように、出現するべき所に出てきている。つまりはあの日あの時間はあのポイントが次元上異世界に近い位置に存在したという事だ」


「……つまりどういう事だ?」


「精霊が出現するポイントに行けば、今キミが使えないであろう異世界へと渡る精霊術を使える様になる筈だ。」


 ……確かにその精霊術は今使えない。

 それが使える様になれば、エルの前にさえ辿りつけば……エルがそれで納得してくれれば。俺達は異世界へと渡る事ができる。


「……でもその場所はどうやって知る」


 精霊が出現するかどうかは誠一達曰く出現する直前まで分からないらしい。

 それは実質的に神出鬼没だと言いってもいい。

 だけど男はこう言ってみせる。


「だがそれはあくまで対策局を始めとした表側の知識にすぎない。我々も百パーセント正確とは言えないがね、かつてこの世界に居た精霊から得た情報と積み重ねたデータ。そしてそれをある程度裏付ける為の魔術。それらを組み合わせれば精霊の出現ポイントを算出する事は容易ではないにしても可能ではある」


「なんだと……ッ」


 それに驚いたのは誠一だ。


「なんだよそれ……それを俺達が把握していれば救えた命も沢山あっただろ――」


「それを公表しなかった事が不満か? まあ気持ちは分かるがな、その行為が我々の存在を露見させる原因となる。何しろイルミナティという存在を公表しなければあまりに不自然すぎる情報なわけだからな。存在を隠して情報を提供するのは無理がありすぎる。悪いとは思うが最終的に最悪の事態を招きかねかない為仕方のない事なんだ」


 だから、と男は続ける。


「我々は我々で、実働部隊を作ってキミらに情報を上げられない分働いているつもりだ。キミ達が我々から情報を得られない所為で助けられない命を少しでも助ける為にも動いている。多発天災の際も被害が世界人口の半分程度ですんだ事の一割程は我々が世界中で必死に動いた結果だと自負しているよ。それでも見捨てなければならない命も多くあって、誰かを救っている反面沸いてくるのは背徳感と嫌悪感ではあるが……まあそんな事は今はいいだろう」


 今はあの精霊の事だと男は続ける。


「我々は精霊の出現するポイントを知る術がある。それによると今日は精霊は出現しない。そして昨日も精霊の出現は観測されなかったが、仮に出現した場合の出現ポイントは把握していた。例えば仮に昨日日本に出現していれば出現ポイントは石川県の輪島だったよ」


「……じゃあ次はいつどこに出現する」


 要はそこにエルを連れていけば良いわけだ。

 どうにかしてエルを連れだして、エルが暴走する前にそこから異世界に跳ぶ。

 俺だけでなく誠一達も含めてこの場に連れてこられたのはきっとエルを連れだす為の交渉をさせる為なのではないだろうか。そういう場に置いては俺よりも誠一の方が立場的にもいいだろうし、そして他の人間を連れてくるよりはエルの味方であるという可能性も強いだろうから。

 だけどそれでも難しい話だというのに、男が開示した情報は洒落にならない程困難な話だ。


「今日明日、精霊は世界中のどこにも出現しない」


「……ッ!?」


「出現は三日後、山形県。つまりはあの精霊が暴走しないと対策局の研究者が保証したタイムリミットを超えてしまう訳だ」


 そこで思いだすのは俺が目覚めた直後の誠一の言葉だ。


『多分対策局は待ってその二日の可能性が高い』


 ……つまりだ。

 このままじゃその時が来る前にエルが殺される。


「交渉で話を運べるならそうしてもらいたいが、今の内情を考えるとそれも難しいだろう。今のままだとあの精霊は殺される」


「……ッ!?」


 あと三日。

 その言葉が重く圧し掛かってくる中で、抱いた感情は絶望的な物だけでは無い。

 それは確かに最悪で洒落にならない話ではあったが、それでもそこに希望がなかったわけでは無い。

 だってそうだ。そんな現実を突きつける為だけにこれまで長話をしてきた訳では無い筈だ。これまでの話は、それだけの無駄話ではなかった筈だ。


「じゃあ……一体どうすればいい」


「まず初めにやらなければならないのはあの精霊の奪還だ」


 そして男は一拍空けてから、全てを纏めるように俺達に言う。


「その為の力と情報を貸す。キミ達の前にリスクを承知で現れたのは、全てその為だよ」

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