33 ドロップアウト

 誠一の兄貴達五番隊の面々がこの状況の処理を進めていく中で、エルの治療も進んでいった。

 依然大怪我を負っているという点は変わっていないが、それでも命に別状はないという段階にまでは治療が進んでいた。

 エルが暴走に近づくにつれ俺の出力もわずかにあがっている事を考えると、誠一の兄貴の撃った銃弾である程度元に戻った状態でも、異世界に居た時よりは回復術の出力も上がっている筈だ。それがなければもう少し時間はかかったかもしれない。


「……ッ」


 エルが苦悶の表情を浮かべながらも体を起こそうとする。


「お、おい。無理すんな」


「……気付いてますか? 多分今の私とエイジさん、怪我の度合いそんなに変わってないですよ?」


「俺は大丈夫だよ。今もこうしてお前を治療できてる」


「だったら私も大丈夫ですよ。エイジさんが大丈夫なら」


 俺の言葉を逆手に取るようにそう言ったエルは、体を起こして回復術を使っている俺の手に掌を重ねる。


「今はこれで大丈夫です。だから少し休んでください。怪我の度合いが同じだったとしても、エイジさんの方がずっと疲労が溜まってる筈ですから」


「だけどな……」


「だけどなじゃないんです、お願いします」


 エルの言葉にあまり力はなかったが、それでも強い意志は伝わってくる。

 多分普通に伝わってしまっているのだろう。俺が無理している事を。

 確かに疲労が溜まり、体力は限界に近いのかもしれない。

 怪我の具合もそうだが、やはり天野から喰らった攻撃は内側から体力を根こそぎ持ってかれるような、そういう類の攻撃だった。それに加えて回復術の行使が体に堪えるのは間違いない……だけど。


「……私、これ以上エイジさんに負担を掛けたくないんです」


 そんな事を言われれば、この手は止められない。

 だってそうだろ。


「負担じゃねえよ」


 確かに非常に苦しい行為ではあるけれど、それが負担だとは思わない。

 これが俺のやりたい事でしてあげたい事だ。そして今現時点の俺がエルにしてやれる最大限の事。

 そこから目を背けているようなら、多分この先どうにもできない。

 だからもう一度言う。


「負担じゃねえんだ。そりゃ全身痛いし疲労溜まりまくってるしやっててキツイのは認めるよ。どうせ隠してもバレてるだろうし」


「だったら……」


「でも頼む、このまま続けさせてくれ。今まで散々助けてもらってきたんだ。ちょっと位無理させてくれよ。こんな時位俺を頼ってくれ」


 今まで散々頼りなく助けられ続けてきたんだ。エルの事をずっと頼ってきたんだ。

 エルがどうしようもなく辛い時位、頑張れなくてどうする。

 そして一拍空けた後、エルは小さな声で答える。


「……私はいつだってエイジさんを頼りにしてますよ」


 そしてそんな事を言ってくれた後、少し間を空けてから言う。


「……じゃあ少しだけ甘えてもいいですか?」


「いいよ」


「まだ全身そこら中痛いんです。治してくれますか?」


「分かった。任せろ」


「任せました」


 そう言った後、エルは俺に釘を刺すように言う。


「でもある程度したら流石に変わりますよ。エイジさんの怪我も酷いですし、私以外にそれは治せません。半分くらいは私の攻撃の所為でもありますし、ちゃんと治したいんです。拒まないでくださいよ?」


「じゃあ頼んだ」


「頼まれました」


 雨の中で、俺はエルとそういう会話を交わした。

 その会話の根底にある物は大怪我の治療という物騒なものだけれど、それでも少しだけ今までの日常会話を交わすような、そんな苦しくない感覚に浸れた気がした。

 だけど会話の中でエルの言葉や表情はややぎこちなく、多分それは俺も変わらない。

 色々な事があった今、元通りという訳にはどうにも心と体が付いていかないんだ。

 だけどそれでも、雨の中でエルを見付けたあの時と比べれば随分と良くなったと思う。

 状況は悪化し続けているのにおかしな話だけれど、それでも多分俺達はあの時よりもずっと前へと進めている。

 不安で心臓は握り潰されそうだけれど、それだけは確かにそう思えた。

 そんな風に考えて、治療を続行していた時だった。


「なんだ? もう起きれるようになったのか。すげえな回復術ってのは……その力は割と真剣に羨ましいよ」


 背後から誠一の兄貴の声が聞こえた。


「で、どうなんだエルの容体は」


「とりあえず命に別条がないような所までは治療しました」


 エルに治療をしつつ、背後の誠一の兄貴に正直にそう答える。

 そうだ。普通に答えていた。

 何も深い事を考えず、ただそういった真実を報告しただけ。そこにはただ伝えるという意思以外は何にも持っていなかった。


「そうか。なら良かった。とりあえず命に別条はないんだな?」


「無いですよ。まあ充分怪我人なんでまだ治療しないとそこら中痛いか――」


 だから警戒なんてのは何もしていなくて。そもそもする必要が無いと思っていて。

 故に異変に気付いたのはエルの目が見開いた時で、その時にはもう後頭部に何かを張られていて。

 呪符を張られていて。


「悪いな、瀬戸」


 次の瞬間には僅かに意識を残したまま、エルの隣りに倒れていた。

 ……一体何が起きているのか分からなかった。

 後頭部に痛みは無い。ただそこにあるのは天野との戦いで負った全身の痛みとエルを治療し続けた事による疲労感。そしてあまりに強い眠気。

 ……エルが俺を呼ぶ声が聞こえた。

 そこに何も答える術もなく、起き上がる力だって無くて。

 閉じる瞼に抵抗する事すらも出来ない。

 そんなあまりに唐突すぎて、何も分からない状況の中で。

 一連の出来事から退場させられるように、俺の視界はブラックアウトした。

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