31 雨の中、キミの言葉 上

「やれる事はやるつもりだ。半分裏切り近いような事をしておいてまだ何かをできる立場にあるならな」


 俺がなんの答えも導き出せない中で、誠一の兄貴はそんな答えを返した。

 確かに誠一達の兄貴の話が本当ならば、組織内の立場は相当に危うい物になっているだろう。

 そして、誠一の兄貴は天野に問う。


「お前は?」


「今の所は何とも言えん。今の状況を全て正確に把握した上で、俺がそうするべきだと思う事をするさ」


 そして一拍空けてから、一つ決意するように言う。


「だが一つ決めた……何が何でも諸悪の根源は潰す」


「……回せるだけ情報回すか?」


「いらん。それは今から正式な形で下りてくるだろう。お前は俺が動く様な事になった時、手を貸してくれればそれでいい」


 その話を横で聞いていて、俺は一つ簡単な事に気付いた。

 できなかったと言われた。だからどこかでそれは終わった事だという認識を持っていたのかもしれない。

 でもこれまでの話は、誠一の兄貴が必死になって動いてくれた、もう終わった話だ。

 だけどまだ俺にとっては何も終わっていない。まだエルが此処にいる以上可能性は確かにあって。それが蜘蛛の糸を掴むような物だとしても。俺よりもそこに近い人間がまるで手の届かない場所にその誰かがいたとしても。

 一つ、確かに挑むべき戦いがある事が分かった。

 それを成しえればエルを救う事が出来る。

 ……まだ、救えるんだ。

 だから俺は二人の会話に割りこむように、誠一の兄貴に言った。


「だったら俺にその情報を回してくれ!」


「……瀬戸」


「アンタらでも見付けられなかったんなら、多分俺が何しても見つからねえかもしれねえ。だけどゼロじゃねえんだ。見付けてソイツぶん殴れば。複数人いるならその全員殴り飛ばしてでもその魔術って奴を止めればエルを救えるんだろ!? だったらやらせろ! 俺に挑戦させろ! 知ってる事全部教えてくれ!」


 誠一の兄貴はそんな俺の問いに答えるように、少し躊躇う素振りをみせた後、それでも語り始める。


「精霊を暴走させるようなウイルス染みた何かが空気中に散らばっている。それには魔術的な何かが組み込まれていて、つまりは精霊の暴走は人的な災害だ」


 そこまでは俺も知っている情報。さっき聞いた話だ。だから俺はあくまでそれは前置きで、これから色々と教えてくれるのだと、そう思っていた。

 何もできなかった事を悔やむ相手に対して、そんな願望を抱いてた。

 だけどそこから先に言葉はなかった。


「……それだけか」


 もっとその先があるものだと思った。


「まさか……それだけなのか?」


「言っただろ。片鱗にすら到達できなかったって」


「……ッ!」


「お前が聞いて動ける様な情報を得ていれば、俺達はもう全部解決してんだよ。今俺達がお前に言える事はそんだけだ。もしそういう奴らを今からお前が相手にするんだったら、やれるもんなら今も俺達の周囲に漂っている魔術的な因子を解析して逆探知してくれって。今の俺に言えのは本当にそんだけなんだ」


 つまり……魔術師でもない俺には手も足も出ないって事なのか?

 ……だったらそれこそ、どうすればいい。


「……どうしようもねえ位に無能晒した後だ。任せろなんて事は言えねえよ。だけどお前には悪いが……今、お前にできる事はエルを治療する。それだけだ」


「なんかあんだろ……他にもッ!」


「そう思うなら探してくれ。お前にできる事ってのを見付けてくれ。見付けてエルを救ってやってくれ。そんな手段が本当にあるのなら、俺は出来る限り協力してやる」


 ……俺にできる事。

 魔術も使えない。専門的な事は何も知らない。人脈もなければ力もない。

 ……あるのか? そんな事。

 もしかするとこうしてエルを治療し終われば、俺にできる事なんてのは本当に何も残されていないんじゃないか?

 ずっと救われて来た。救われ続けてきた。

 その事に俺が返せる事なんて端から何もないんじゃないか?

 ……ふざけんなよ、と。

 そう考えても、できる事なんてのは何も見えてこない。

 何一つできない。守りたい人を誰一人守る事ができない。

 どうしようもなく無能な自分が見えてくる。

 そんな時だった。


「……エイジさん」


 今まで意識はギリギリ保っていたが何も言わなかった。いや、怪我の所為で何も言えなかったのかもしれない。

 そんなエルが俺の名を呼んだ。

 今の会話を、全て聞いていたであろうエルが。

 今の自分がどういう状態なのかを知って。このままだとこの先の未来がどうしようもない程に暗い事まで知っているエルが……俺の名を呼んだんだ。


「……なんて顔してるんですか」


 こんな時だって言うのに。自分がどういう状態で此処にいるのかを知っている筈なのに。

 ……エルは。まるで俺の事を心配するように。そんな事を、そういう表情で言ったんだ。

 違うんだ。今は俺が。今度は俺がエルの事を助けてやらなくちゃいけないのに。

 なんだってエルが俺の事を心配しているんだ。

 だけど結局それはエルの言った言葉通りなのだろう。

 そんなエルに心配される程に。エルに心配を掛けてしまう程に。俺が酷い表情を浮かべていたからなのだろう。

 そんな俺を一瞬見てから誠一の兄貴は天野に言う。


「天野。とりあえず俺達は撤収の準備をする。お前も手伝ってくれ」


「当然だ。此処を戦いの場に選んだのは俺だからな。とりあえずうまく人払いは出来ている。周囲の損害も精々アスファルトが陥没してる位に留めた。例の装置は必要ないだろう」


「どんだけ高レベルな人払い一人でやっちゃってんだよお前は……サラっと言いやがって。まあ助かる。じゃあお前ら、とりあえず一仕事すんぞ」


 そんなやり取りを。どこかわざとらしさを感じるようなそんなやり取りを交わして、誠一の兄貴や天野。加えて神崎さんを含めた周囲の人間は俺達から離れていく。

 それは確かにそう言う処理をする為ではあるのだろう。こういう時にやる事は誠一から聞いている。

 対策局には記憶を消す装置がある。そしてその装置を使う使わないに関わらず、こういう事態の後には違和感が残らないように、魔術を含めたあらゆる手段でそれらしい原因をでっちあげる。そんな作業が行われる。

 だからそれを行うために、皆離れていった。

 だけどそれはなんだか、俺とエルを二人にする為に気を使ってくれた様にも思えた。

 こんなどうしようもない状況で……このまま何もできなければ後何回会話ができるか分からないって。こんな時に。

 この酷い雨の中で、俺とエルは二人になれた。

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