ex 無冠の英雄 Ⅴ

 茜はあまり思いだしたくない様な事を思いだしている様な表情で言葉を続ける。


「……そういう事をやり初めのたばかりの頃はさ、うまく行ってたんだ。誠一君が攻撃を捌いて時間を稼ぎ、私が術式を組み上げる。二人いれば対処できた。辛うじてだけどうまく行ってた。それでも綱渡りみたいだったけど、それでもどうにかなってたんだ」


 だけど、と茜は言う。


「……運なんてのはそういい方ばかりに転ぶわけじゃない。ある程度集束しちゃう。ずっとうまく行く展開が続いていれば、いずれはどうにもならない時が来る。攻撃を捌いて時間稼ぎなんてのが通用する弱い精霊じゃなくて、普通に戦っても勝てるかどうか分からない様な精霊が出てくれば。一体二の状況である事を徹底しなくちゃいけないのにそれを覆されれば。そうなったらもう何もうまく行かない。何もする前からうまく行かない事が分かっちゃう」


 そこまで聞いて。今までの話を聞いていて。そういう前置きから土御門誠一が精霊を殺したという結果を知っていれば、もう事の真相は見えてくる。

 そういう不可能に近いような状況で、無謀とも言える様な選択肢が目の前にあったとして。茜の様な人間はどういう行動を取るのだろうか。

 瀬戸栄治はどういう行動を取ってきただろうか。

 そしてそれを止めたい人間が居たとすればどういう行動を取るだろうか。

 自分は一体どんな行動を取ってきただろうか。

 つまりは、そういう事だ。


「……それでも、動いたんですか?」


「……良く分かったね」


 少し驚いた表情をみせた後、図星だよと茜は苦笑する。


「多発天災の話は聞いたよね?」


「はい。本当の事も、そうじゃない事も。話だけは聞いてます」


「あの時ね、私達のいた九州は壊滅的な被害を受ける程に暴走する精霊が溢れてたんだ。とてもじゃないけどそういう無茶ができる状況じゃなかった。普通に戦って殲滅する事ですらままならなかったのに……それを理解していたのに……私は動いた。私を止める誠一君の手を振り切って動いたんだ」


 そしてそんな状況で動けば茜の身にどういう事が起こるかは容易だ。

 一人でずっと無理をしてきて、何度も死ぬような思いをした。その状況を遥かに上回る様な状況に身を晒す。

 多分それは言い方は悪いが投身自殺の様な物だと思う。自分から死にに行っている様な物だ。


「そして予想通りどうにもならなかった。気が付けば地面に寝ていて、意識が朦朧としてて……そんな自業自得な私を助ける為に、誠一君は精霊を殺した。意識が朦朧としていたから目が覚めた時はそんな事は無かったんじゃないかって現実逃避をしてみたりしたけど……でも人の話を聞いて。誠一君の様子を見て。その時に何が起きていたかを嫌程実感して……そうさせてしまった後の事も考えた。間違いなく私は取り返しの付かない位に誠一君傷付けている」


「……」


 否定はしない。そんな軽々しい事はできない。

 それで傷付かない様な人間なのだとすれば、多分初めから土御門誠一は精霊を倒すための立場に立てていた筈だ。その場所に立てなかった人間が……自分なりに解決策を見出し始めていた人間が、殺めたと認識できる相手を殺めれば。それはきっと傷付く事に違い無いのだから。

 話のさわりだけを聞いただけでそう思えるのだから、実際に刻まれた傷の深さは計り知れない。

 だから言えることは無い。何かを言いたくとも気休めしか出てこない。

 正しいと思った事を実行した末に大きな間違いを犯した。守ろうとしたものを沢山失った。

 そんなエイジに。ずっと近くにいて誰よりも良く知っていると言っても過言ではないと言えるかもしれない相手にすら掛ける言葉がみつからない自分では、その領域に足を踏み入れる事はできないだろう。

 似たような思考回路で動いて誰かを傷つけたことに憂いている、そんな彼女に掛けられる言葉は見つかる筈がない。

 そしてつい黙り込んでしまったエルに茜は言う。


「……なんかごめんね。気が付けば面倒くさい自分語りしてるみたくなっちゃってた。誠一君の話してたつもりなのに、これじゃあ私の話みたいだ」


「あ、いえ。そもそもこういう流れ作っちゃったの私ですし」


 ややそういう流れであったとはいえ、自分が何かしたのかと聞いたのが話の始まりだ。


「寧ろそんな辛い話を蒸しかえしちゃって……こっちこそすみません」


「エルちゃんが謝る必要はないよ。多分どこかで話してただろうし、それに私はどちらかといえば話を聞いてもらってる様な感じだったから。あんまりこういう話ができる時も相手もいないから……色々と聞いてもらいたかったのかもしれない。だとすれば私はエルちゃんに助けられてるよ」


「……まあそういう事ならいいですけど」


 話を聞くことによって気が楽にでもなってくれたならそれは良い事だとは思う。


「それにしてもさっきはよく分かったね。茜ちゃん検定二級を授けよう……なんて冗談は置いといて、本当によく分かったね」


「なんとなく……エイジさんと似てましたから」


「……そっか。まあ確かに近いのかもね。話を聞く限り瀬戸君の方が大変だと思うけど……多分根っこの所は結構近いんだって私も思う。さっき少し話を聞いたけど、なんか昔の自分の話を聞かされてるみたいだった」


(……昔)


 そういう茜の口調は、先程語っていた話が。そういう行動をしていた自分が過去の物だという風に聞こえた。

 思い返してみれば荒川が茜の事を呼ぶように誠一に行った時、彼は呼び戻せという言葉を使っていた。

 それはつまり此処には暫くいなかったという事だろう。こういう事から離れていたという事だろう。


「なんというか誠一君はこういう面倒な人と縁があるんだろうなぁ……あ、ごめん、別に瀬戸君の事を悪く言ってる訳じゃないからね。その、なんか、えーっと……ごめんね」


「いいんですよ。別に悪意なんてのは感じませんから」


 それより、とエルは茜に尋ねる。


「昔って事は……茜さん、今はそういう事、やってないんですか?」


「……うん、まあそうだね」


 茜は少し言いにくそうにそう答える。


「まあ実は半年前までずっと昏睡状態だったから……ってのは理由にならないか。うん、もう半年もたったしリハビリも終わったし、ちゃんと動けてるから。そんなのはもう理由にならないな」


 そして茜は言葉を選ぶように一拍空けてから言う。


「結局の所ね……折れちゃったんだ」


「折れた?」


「私がやったことが結果的に誠一君を傷付けた。自分が傷付くのはいくらでも良かったけど、それが原因で取り返しが付かないほどの傷を付けたって考えたら……もうね、そんな無茶な事ができなくなった。できなくなってくれたって言ったほうがいいのかもしれないね。自分のやって居る事が正しいんだって、どうしても思えなくなっちゃったんだ。でもやっぱり精霊と戦えるようになったかっていうとそうじゃなくて、最終的に何もできなくなっちゃってた」


 そしてその状態でこの組織からも離れていた。呼び戻せとはそういう事だったのだろう。


「そんな訳で実質的に力を持ったただの一般人だよ私は。本当に何もできないもん」


 自虐する様に茜はそう言った後、一拍空けてから少しだけ顔を緩めて言葉を続ける。


「でもまあ、普通の一般人って言える位で踏みとどまれたってのは、冷静に考えると結構まともな着地点だったのかもしれないね。相当苦しくて辛かったのは覚えてるから。特にそういう病院に通院とかせずにいられるなんて結果は、多分当たり前の様には起きないよ」


 確かにだ。

 結果的に元の様な無茶はできなったという位の結果で終われているのは確かにそうある事ではないだろう。

 そういう無茶な行動をさせてきた何かがへし折られる程のダメージを茜は負ったのだ。そこから僅か半年足らずしか経過していなければ、普通であればただの一般人と呼べる程には回復しないように思える。


「……凄いですね」


「私は凄くないよ。今こうしていられるのは誠一君のおかげだから。まあ誠一君が凄かったかって聞かれたら多分凄くはなかったんだろうけど、それでも誠一君のおかげだって事は確かに思える」


 そしてそんな事を言ったうえで、立ち直った人間はエルに問う。


「エルちゃんはどうするの?」


「え?」


「瀬戸君の事だよ。直接見てきたわけじゃない私でも、瀬戸君が精神的に辛い思いをするだろうなってのは分かるんだ。私の時と同じなら相当酷いし、私以上ならもう考えられないほど苦しいんだと思う。それを一人で立ち直れってのは無理があると思うし、つまり誰かの助けが必要だと思うんだ。多分それをできるのは向こうでずっと瀬戸君を見てきたエルちゃんだけだと思う」


 そうして出された問いの答えをずっと探していた。


「エルちゃんは瀬戸君をどうするつもりなの?」


 一体どうすればいいのか。

 それはこちらが聞きたいくらいだった。

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